英語は単なるツール。それ以上でも以下でもない。;2

英語の習得って、車の運転に似ていると思う。

車というのが移動のための手段、離れた場所へ早く移動するための「ツール」であるように、

英語というのも、人間と人間がコミュニケーションするための「ツール」に過ぎない。

英語は単なるツール。それ以上でも以下でもない。を参照。)



車一つあると、行動範囲がぐっと広がる。

旅先でも、公共交通機関がないところでも車を借りることさえできれば、自分の好きなように動ける。


ただ運転が苦手だとか、嫌いだとか言う人は、誰か他のできる人にやってもらえばいい。

運転できないことにより生じるデメリット、不便さは受け入れなくてはならないけれど。

例えば自分で運転できて車もあるのなら、自分の都合次第でいつでも車を出すことができるけれど、誰かに運転してもらう場合は、その人の到着を待たなければならなかったり、運転してもらうことに対して代価を払わなければならない、といったこと。


英語だって同じだ。


英語が話せるのと話せないのでは、行動範囲(知り合う人のバリエーションの豊かさ、できること、自分で対処できることの守備範囲)が桁違いに違ってくる。(英語が話せるようになって初めて手に入れた「自由」。を参照。)

日本にいれば、もしくはカナダにいたって、日本語だけ使って生活しようと思えばできる場所はある(例えばバンクーバー。)のだから、
英語がどうしても必要なときだけ、「できる」という人に任せればよい。

その代わり、英語を使えるからこそ得られるチャンスや楽しみは、
放棄することになるけれど。

だってそれは、自分で自分を“風船”の中に閉じ込める行為だからだ。(英語を身につけたいなら、Get out of the box!を参照。)




結局、車の運転も英語の習得も、
大切なのは「経験」だ。


私は学生の時に自動車学校に通って免許を取ったのだが、教室に座って運転規則を習うビデオ授業と、教官に助手席に座ってもらってアドバイスを受けながら実際に運転する実技授業を、それぞれ決まった回数受けた後、それぞれの試験を受けて、晴れて免許がもらえる、というシステムであった。(おそらくこのシステムは日本全国どこも同じだとは思うが。。)


実技では、まず運転座席に座って、席の位置やミラーの調節の仕方から、ハンドブレーキやシフトレバーの動かし方、ウインカーの出し方など、一通りの基本的な操作の仕方を習った。

その後校内の道路を走るよう言われ、始めは怖くて20Kmくらいまでしか出せなかったのが、段々スピードに慣れて、坂道や擬似踏み切り・S時カーブなどを通って、公道に備えた。

同時期に教習所に通いだした友達は「運転って楽しい!」って言っていたけど、
私は苦手意識が強くて、
教習所内の道路から、教習所の門を出て、初めて公道に出る時は、緊張して手に汗をかいていたのを覚えている。

そしてその日、公道の交差点で初めて右折しなければならなくなった時は、ものすごく焦った。交差点の中に入って待つのか、直前の横断歩道の前で待つべきなのか、とっさに判断できなかったからだ。



公道での運転では、車線変更したくてウインカーを点灯させたのに怖くてなかなか移れず教官に急かされたり、見通しの悪い路地で急に飛び出してくる自転車や歩行者にひやっとしたり、前の車が急停車してぶつかりそうになったり、それはもう色々な“トラブル”に遭遇した。


ただ一度そういうトラブルを自分の身をもって経験すると、次に同じような場面に遭遇したら、「次からこうしよう」と思うようになるし、気をつけるようになる。車線変更も、何度か経験したら、すぐに慣れた。




今考えると、私がバンクーバーで受けた英語のレッスンで英語の5つのステップについて学んだのが、車の「基本的な操作の仕方」を習うことに始まって校内の道路で運転するまでの段階だったのだと思う。

レッスンの中で、英語という“ツール”の使い方を学び、

レッスンの外で、カナディアンの友達や、買い物するときの店員などを相手に、レッスンで学んだことを実際に使うということが、公道で走る段階にあたっていたのだと思う。



自動車学校の、校内の道路で走っていたのももちろん私の立派な「経験」。

でもそれだけではなく、公道に出て運転を繰り返すことで、自分の不足していた点や苦手なところが補強されていったのである。




運転というものは、経験を積めば積むほど、上手くなる。


英語も、

おんなじ。



*お知らせ*
私がバンクーバーで英語を習っていた先生が、日本でも英語を教えてほしいとの依頼を受け、また前回のレッスンの続きのために6月に再度日本に行く予定となっているそうです。

もし先生のレッスンを受けてみたいという方がいらっしゃればご連絡下さい。日本にいながらにして、英語のカルチャーを学び「経験」することができ、英語を効率的に早く伸ばす方法、余計なお金や時間をかけずに不安なく留学・ワーホリする方法なども含んだレッスン内容となっています。(日本でのレッスンを受けることで今後海外に行ったり、バンクーバーでもレッスンを受けなければならないといった制限はありません。)

携帯のアドレスだと、パソコンからのメールを拒否するように自動的に設定されていることがあるので、できるだけパソコンから閲覧可能なアドレスで連絡下さるようお願いします。

既にご連絡先をお知らせ頂いている方で、私または先生からのメールがまだ届いていないという方がいらっしゃれば至急ご一報下さい。(私は先生の代理人でもなければ先生のオフィスの人間でもないので、レッスンの場所、日程や費用などに関するご質問は先生の方へ直接お願いします。)


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英語で話すとき、沈黙が生じるのを恐れていた理由。

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(↑バンクーバーからウィスラーに行ったとき見つけた川。)

前回のエントリ、日本語で言い間違えても謝らないのに、英語で言い間違えたら謝る日本人。

英語でも言い間違えたり、つまったり、嚙んだりする方が自然、

だと書いた。


以前の私は、「言い間違えたり、つっかえたりすること無く、早く話せること=英語がペラペラ」なのだと思い込んでいたから、
そういう“ミス”はなるべく避けたいと思っていたし、

とくにつっかえる=考えるために会話を止める、

ということは最も避けたいことだと思っていた。


なぜなら、「自分に考える時間を与えるため」に、どうやって自然に会話を止めたらよいかがわからなかったから。

考えるために話を止めると、それがいつも

“不自然な沈黙”になっていたからである。



会話の中で、

今から自分が話したいことを、

どこから始めて、何と言えばわかりやすいか、どう説明すれば一番ウケるかを考えるためには

話してる最中に自分に「考える時間」を与えなければならない。


日本語であれば、とくに意識せずとも、話しながら自分に十分「考える時間」をあげることができる。

だから、日本語なら、言いたいことがあますことなく伝えられる。


それが英語になると途端にどうしたらよいのかわからなくなり、

会話の途中でいきなり黙りこくってしまう、ということがよくあった。


それで、何と言えばよいのか、どう切り出せばよいのか未だ分からぬまま、

早く話さないと相手が飽きてしまうのではないかと焦って、

思ってもいないようなことを口走ってしまい、


相手も自分も一層混乱する・・・ということを繰り返していた。



そうではなくって、

考える時間が必要なときは、

黙り込んでしまうのではなく、

自分は今考えているのだという”サイン”を相手に与えることだ。



会話の中で自分に考える時間を与えるためにはどうすればよいか、

それを私はバンクーバーで受けた英語のレッスンで教わったのだった。
英語を効果的に勉強する:3を参照。)



日本で生まれ育った日本人が、「言葉につまったときは『ええと』と言えばよいよ」なんて教わったことがないように、

カナダで生まれ育ったカナダ人が“言葉につまったときは 'well'と言えばよいよ”などと教わったこともないはずである。



英語で話すとき、言葉につまったときはこう言えばよい、なんて

単語と文法を覚えてテストで書いて忘れるだけの日本の英語教育ではまず教わらない。


ではカナダの語学学校では教わることができるかと言うと、

残念ながら、

それも

NO

である。


既に何度も書いている通り、

日本とカナダの学校で英語を教わる違いは、

先生が英語を“話す”ことができるかどうか。(かと言って、英語が話せる=英語を教えることができる、わけではないけれど。)

授業が英語で進められるのか日本語で進められるのか。


ただそれだけの違いである。


だからカナダで語学学校に3ヶ月、半年、一年(!)通っても、
「英語では思い通りに話せない。英語は難しいからしょうがないんだ。」なんて言う人があふれているのは
当たり前、である。
日本のESLとカナダのESLの違いとは?を参照。)

★★★



日本語のカルチャーの中で育った日本人なら、

英語のカルチャーの中で育ったカナダ人なら、

自分の言語で言葉につまったときはこう言えばよいのだ、などということは誰に教わらなくたって「経験」の中で

自然に習得している。


日本で生まれ育った生粋のネイティブジャパニーズスピーカーで、

英語のカルチャーの中での経験などもっていなかった私は、

教わらないと、

英語で話すとき言葉につまったときはこう言えばよい、ということが分からなかった。



英語で話すときも自分で自分に考える時間を与えることができるようになれば、

「英語が日本語と同じ感覚で使える状態」になるのなんて、スグ、であった。




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日本語で言い間違えても謝らないのに、英語で言い間違えたら謝る日本人。

「英語がペラペラ」に対する私の定義は、

「英語が日本語と同じ感覚で使える状態」、だと思う。

「英語がペラペラ」 の定義。を参照。)


でも私は以前は、何となく「言い間違えたりつっかえたりすること無く、早く話せること=英語がペラペラ」なのだと思っていた。


一つもミスすることなく、話したり聞いたり書いたり読んだりしなければならないと思ってしまうのは、
日本人が長年に渡って受けてきた、日本の「減点方式」の教育の“成果”なんじゃないだろうか。


その証拠に、「減点方式」ではないヨーロッパや南米の国々から英語留学に来ている人達は、
文法も発音もめちゃくちゃなのに、休み時間どころか授業中も英語で喋りっぱなしである。(英語でミスすることを、怖れない。を参照。)



学校のテストでは、一つのミスなく100点を取ることが可能かもしれないが、

現実の世界ではそんなこと絶対に不可能。


原稿があって、それを何日もかけて覚えて発表するスピーチであれば、一つのミスなく淀みなく言葉を発することができるかもしれないが、

日常の会話では、一度も言い間違えることなく、嚙むこともつかえることもなくいつも話せることができる人なんて
いないであろう。

そんなことができるのはロボットだけだろう。




言い間違えたり、つまったり、嚙んだりすることは日本語でもある。

日本語でミスをしても、「ああ何で自分は日本語が完璧に話せないんだろう・・・」なんて思わないし、

言い間違える度に「すみません」なんて言わない。


自分の母国語である日本語でもスラスラ言えないことが、英語で言えるはずがない。

それどころかむしろ、

英語でも言い間違えたり、つまったり、嚙んだりする方が自然なのである。



私たちは日本で生まれ育った“ネイティブジャパニーズスピーカー”だから、
日本語でミスをしてもそれをカバーする方法を経験から知っている。

カナダで生まれ育った“ネイティブイングリッシュスピーカー”も、
英語でミスをしたときどうやってカバーすればよいかを“経験”から知っている。


だから英語の“経験”を持たないネイティブジャパニーズスピーカーは、英語でミスしたときどうカバーすればよいかということが分からないし、
日本語の“経験”を持たないネイティブイングリッシュスピーカーは、日本語でミスしたときどうカバーすればよいかということが、分からない。


英語でミスをしたときどうカバーすればよいのか、

その方法を私はバンクーバーで受けた英語のレッスンで教わった。




英語を母国語としない私たちが英語で話すときは、

少しも言い間違えたりつまることなしに話すことができるかどうかを気にしながら話すのではなくて、

別に間違えてもよいから、

それを上手にカバーして

話し続ければよいだけである。



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私がバンクーバーで英語を習っていた先生が、日本でも英語を教えてほしいとの依頼を受け、また前回のレッスンの続きのために6月に再度日本に行く予定となっているそうです。

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カナダで「日本人です」と言うと、驚かれる理由。

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(↑ある日のバンクーバー、ダウンタウンを散歩中に。)

私がバンクーバーで英語のレッスンを個人で受けるようになり、「変わったな」と思うのが
レッスンを受ける前は、ひとに
"I am Japanese. (私は日本人です)"と言うと、
やっぱりね、といった顔をされてばかりであったのが、
今では "日本人です" と言うと、
よくびっくりされるようになった。ということ。

バンクーバーでまだESL(語学学校)に通っていた頃、クラスメイトの誕生日パーティに招かれた。参加していたのは全員同じ学校の留学生で、クラスが一緒になったことがなく話したことはないけれど、顔は知っている、という人たちが何人もいた。同じテーブルに座っていた一人が、"Where are you from?" と一人ひとりに出身を聞いており、
私が答える番だったとき、冗談で "I am from China. (中国から来たの。)" と言ったとき、

「いやいやいや、君その発音からして、ジャパニーズだって丸分かりだから。」と
初めて会った人から、それも同じ留学生から、たったの一言、 "I am from China." だけで軽く見抜かれてしまったことすらある。

そんな、発音行動語彙も、思いきり“ジャパニーズ”だった私が、
“まさかジャパニーズだとは思わなかった。”
と初めて言われたのが、レッスンを受けるようになってから数ヶ月が経っていたとき。

ボランティアをしていた時に、“小さい頃に家族でカナダに移住してきた”という中国出身の女の子に出会った。
バンクーバーで小・中・高校を卒業し、今はUBC(バンクーバーにある、The University of British Columbiaという大学の略称。バンクーバーはブリティッシュコロンビア州の市の一つである。)に通っている、という彼女。

中国で生まれ数年を過ごしているので、ネイティブイングリッシュスピーカーとは言えないけれど、もちろんネイティブ並みに英語を操ることができる。

そんな彼女に、“あなたはどこ出身なの?”と聞かれたので、
“日本。バンクーバーには去年来たの。”
と答えた。

すると
“...Seriously? Are you Japanese? I never thought you are Japanese! (…本当に? あなた日本人なの?まさか日本人だとは思わなかったわ。)"
という反応が返ってきたのである。

"日本から来た"と言うとすんなり納得をされたことしかなかった私は、彼女の反応の意味が理解できず
“えっと、それどういう意味?”と尋ねた。
と彼女は、
“だってあなたの英語、いかにも日本人ていう発音じゃないから。だから絶対どこか他のアジアの国だと思った。中国とか、台湾か、分かんないけどそこらへんかなと思ったのよ。”
と言うのである。

彼女は続ける。

“でも本当に去年カナダに来たの? 信じられない。あ、カナダに来る前から英語話せたの?”

“Oh no. Not at all. (ううん。全然。)

“へえ~・・・すごいね。あなた語学の才能あるのよ。”

“Hahaha thanks, but I don't think so. (ははは ありがと、でもそれはないと思う。)私バンクーバーで英語を個人で習ってたんだけど、その先生の教え方が良かっただけだよ。私は自分に語学の才能なんて全然ないと思う。ESLにも行ったことあったんだけど、そこでは私の英語、'Japanese Englishだ'ってよくからかわれてたし。”

“へ~、個人で? そんなのあるんだね。 それは、そんな先生に習うことができてあなた、よかったね。”

さらに彼女は“外国語が話せるようになるって、難しくない? 私は子どものときからカナダにいるから英語話せるけど、同じ大学の留学生とか見てると、ほんとそう思うわ。”とも言っていた。


私はESLの先生に吃音障害があると言われたこともあれば、耳もあまりよくなく、この音はLかRかといった聞き取りの問題なんかもものすごく苦手だったから、自分の発音が良くなっているというのもあまり実感がなかった。

でもネイティブ並に英語を操る彼女の、”いかにも日本人ていう発音じゃない”という言葉に、「ああ、私、もう発音に悩まなくてもいいのかな。」と思えた。


こうして、ESLに通っていた頃は発音の授業を3ヶ月受けても一向に上達せず、悩みまくっていた発音を克服し、レッスンによって英語の文化/カルチャー、カナダの文化の中で言葉を使い、行動することも学んだ私は、いつの間にか
日本人ぽくない、日本人と思えないと言われることが増えていった。


少し前には、日本だったらきっと何も言えないし何も言えなかったセクハラにも、カナダでは真っ向から応戦、かつ勝利したことを
私がVery Japaneseだった頃から知っているカナディアンの友達に話したところ、
"Yeah hahah I think you are a lot more westernized. (はははそうだね、Cocoは随分中身が欧米化されたよね。)" と笑っていた。


レッスンでは、“いくら違う国の文化を身につけたところで、自分が生まれ育った日本の文化を忘れることはないから安心して”、と言われていた。

だから私は、遠慮なくこれからもカナダの文化、英語の文化をどんどん身につけていくつもりである。



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私がバンクーバーで英語を習っていた先生が、日本でも英語を教えてほしいとの依頼を受け、また前回のレッスンの続きのために6月に再度日本に行く予定となっているそうです。

もし先生のレッスンを受けてみたいという方がいらっしゃればご連絡下さい。日本にいながらにして、英語のカルチャーを学ぶ方法、英語を効率的に早く伸ばす方法、余計なお金や時間をかけずに不安なく留学・ワーホリする方法なども含んだレッスン内容となっています。(日本でのレッスンを受けることで今後海外に行ったり、バンクーバーでもレッスンを受けなければならないといった制限はありません。)

携帯のアドレスだと、パソコンからのメールを拒否するように自動的に設定されていることがあるので、できるだけパソコンから閲覧可能なアドレスで連絡下さるようお願いします。

既にご連絡先をお知らせ頂いている方で、私または先生からのメールがまだ届いていないという方がいらっしゃれば至急ご一報下さい。(私は先生の代理人でもなければ先生のオフィスの人間でもないので、レッスンの場所、日程や費用などに関するご質問は先生の方へ直接お願いします。)


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これがカルチャーを “身につける” ということ。

英語のために海外に行くことができる、日本人の恵まれた環境。にも書いた、
カンボジアで「5ヶ国語を操る6歳児」にいたく感銘を受けた彼とまた話をする機会があった。

今度は、カナダの前にマレーシアで経験した話である。
これも私にとってすごく興味深い話であった。


カナダに渡る前、
生まれてこの方日本を一度も出たことのなかった彼は、どこでもいいから「海外に慣れるため」、マレーシアへ友達と旅行したのだそうだ。(「なぜマレーシアにしたのか」尋ねると、「たまたま安い航空券があったから」と言っていた。この時にはカンボジアには行かなかったらしい。)


初めての海外旅行ということもあり、色々なガイドブックやインターネットで情報を集めたそうなのだが、
どれにも「買い物時には値段交渉してみよう」と書いてあった、らしい。

でも彼は、本当にそんなことできるのか? 値切るなんて・・・恥ずかしくないか?

と、信じられない気持ちだったのだと言う。

日本で「値切る」などしたこともないし周りにしている人もいないので、
あまりピンとこなかったと言う。


たしかに、私もカナダに渡る前、学生だった頃に韓国に行ったことがあるのだが、
電器屋でテレビを買うとか、値の張るものなら分かるけれど、韓国ではちょっとしたものを買うのも必ず値切るなんて、
行く前は不思議な感じだった。

日本だと、値段交渉しようとするとイヤな顔をされるイメージがあったからだ。

でも実際行ってみると、品物に値段シールが張られていない→店員に値段を聞かなければならない→値段を聞いて交渉スタート、という流れになっているということがよくわかった。

それほど高額な買い物をしたわけでもないから数十円、数百円くらいが安くなっただけでも、交渉自体は楽しかったのを覚えている。



ただしその彼の場合は、同行した友達が東南アジアを含め何度か海外に行ったことのある人だったので、

「日本で『日本人用の値段』と『外国人用の値段』なんて感じたことないだろうけれど、世界には、『現地人用の値段』と『外国人用の値段』が明らかに存在する国があるということ、

“日本人だから”、現地の人の何倍も何十倍もの値段を求められることがあるから、
そこは交渉しないといけない。」と教えてくれたのだと言う。


そして実際に友達が市場で、最初に提示された価格の半分で小物を購入している姿を見て

衝撃を受けるとともに、

彼は「自分にもできるかもしれない・・・」と思い始めたらしい。


市場でぶらぶらするうち、ふと、皮製と思わしき「いいな」と思うブレスレットに目がとまったので、友達にもついてきてもらって聞いた値段は、

日本円にして、

一万円くらい。



「・・・これはふっかけられている」と感じた彼は、

日本円で500円に相当する現地価格を言い張り、

とうとう生まれて初めての「値切り」に成功した。


カタコトの英語と、電卓も使いながら、

1/2どころか、最初に提示された価格の1/20にまで下げてもらうことに成功したのである。

(というか私はこの話を聞いて、なるほどマレーシアのマーケットではそもそも値段なんてあってないようなものなのだな・・と思った。)


これ以来、彼は「値切る」ということに対する抵抗がなくなった。

その後マレーシアでは、「まずはなんでも交渉する癖がついた」と言っていた。


そして驚いたのが、その後一旦戻った日本で、地方に数日旅をしたとき、お土産を買ったり宿をとるのも「値切れたんだよ」、と彼が言うことだった。

お土産というのはまだ想像がつくが、

私は日本で宿が値切れるとは知らなかった。


彼が言うには、「飛び込みで旅館やホテルに入って、値段を聞いて、宿泊を渋ると、数千円安くしてくれたりしたことがあった」らしい。


「もしマレーシアに行っていなかったら、日本でも値切ってみようなんて、思いもしなかった。」
とも言っていた。



私は「あー、これがカルチャーを身につけるということだな」、と思った。


今まで自分の中にあった既成概念が崩れて、
それまでの自分にはなかった、
新しいものの見方、考え方、振る舞い方ができるようになること。

それまでできなかったことができるようになるということ。



私が、
「値切るって、カナダではあんまりしないけど、アジアでは相当役立つスキルだろうね。」
と言うと、

彼は「うん、まあカナダではね。でもカンボジアとマレーシアではかなり使えた!あの女の子からはさすがに言い値で買ったけど・・・って、1ドルだけど!」

・・・と言っていた。



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カナダに住んで初めて知った、本当の"カナディアンフード"。

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(↑バンクーバーのシーフードレストランにて。)

私がカナダに渡る前、
"カナディアンフード" と言ってまず思い浮かぶのは
メープルシロップとサーモン、であった。

カナダで実際に暮らすようになった始めの頃は、
"カナディアンフード" =ハンバーガーかピザ、だと思っていた。


当時はESL(英語学校)に通っていたので、放課後なんかによく(日本人と韓国人ばかりの)クラスメイトとピザやハンバーガーのファーストフード店に入ってお喋りをしていたし、

ホームスティ先でも、ハンバーガーやピザが夕飯として普通に出される(もちろんコーラとポテト付き)ので、

当時の私のファーストフード摂取量は、

これまで生きてきた中でも最高だったと思う。


バンクーバーで英語を個人で習っていた、ある日のレッスンで、食についての話になり、
私は
"カナディアンフードってカロリーが高くて脂っこくて苦手。"、だと言った。

すると先生に
"カナディアンフードって何のことを言ってる?"
と聞かれた。

私が、 "ピザでしょ、ハンバーガーでしょ、マク○ナル○!" と言うと


"それはカナディアンフードじゃないと思うよ。。。" と頭を抱えられてしまった。



・・・・・・・マク○ナル○はアメリカが発祥の地だし、バンクーバーでもよく見かけるので、何となくカナディアンフードのひとつかのように思ってしまっていた。

だってその頃、既にバンクーバーに3ヶ月以上住んでいながら、

私が外で食事をする場所と言えば、

限られた地域(ダウンタウン)の、限られたレストラン(単価が安いファーストフード店)しかなかったからだ。



でもそれからしばらくして、カナディアンの友達ができるようになってからは、
私はファーストフード店にぱったり行かなくなった。


なぜなら、

友達が誰も行かないから。


私の周りのカナディアンはたしかに、ハンバーガーとかピザと言った、高カロリーな食べものが好きな人が多い。

でもハンバーガーを食べるなら、ファーストフードではなく、ハンバーガーが有名な "レストラン" に行く。(ハンバーガー=安いというイメージをもっていたので、レストランではハンバーガーひとつで10ドル以上するということに始めの頃慣れなかった。・・・今も慣れないかも。)

ピザも、ワンスライス1〜3ドルのファーストフード店で買うのではなく、レストランで食べるか、手作り。(実際友達と一緒に作ったことがある。)


だから、ファーストフードレストランにはまず行かない、のである。



そして私は、カナダには、とくにバンクーバーには、
美味しいシーフードが豊富にあるということに気がついた。


もちろんそういう食事を出すレストランに行くと、ファーストフードを食べるよりもずっと高くつく。


でも、ファーストフードに使うお金が浮くようになった分、

新鮮なシーフードを月に数回味わうことくらいは十分できるのであった。



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英語の勉強は、ツラくてツマラナイもの、なのか?

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(↑バンクーバー、チャイナタウンにある中山公園の池。)

英語を話すのがツライと思ってしまうのは、
そもそも勉強の仕方を間違えているからであると前々回エントリ:英語を話すということは、ツラくてムズカシイもの、なのか?に書いた。

勉強の仕方を間違えていた頃の、以前の私の英語の「勉強」と言えば、
「とにかく一つでも多く英単語を覚えて、一つでも多くの文法の問題を解くこと。」
それしか他に方法はないと思っていた。

覚えても覚えても、端から忘れていく自分の記憶力のなさを嘆きつつ、
日本で中学の時から何年も何年もかけてやってきたことを
カナダでも、繰り返していた。

変わったことと言えば、
ただ、
場所が変わった。
・・・それだけである。

「英語の勉強=単語を覚えたり文法を覚えるしかないもの」
であれば、
それはツライに決まっている。

自分の母国語である日本語ですら、一体どれだけの単語があって、自分はそのうちの何割を知っているのかすら検討もつかない(覚えた英単語の数=スピーキング力?)のに、
外国語である英語、それも日本語よりずっと多くの単語があると言われる英語で、
この世に存在する単語をすべて完璧に覚えようとするなんて、
無茶としか言いようがない。

文法だって、日本語の文法を完璧に理解している日本人なんて、日本語専門の学者を除いて果たしてこの世に存在するのだろうかと私は思うのだが、
学者など目指していないごく一般の日本人ですら、中学から高校まで6年もかけて英文法を勉強して、
その上まだ勉強しなければならないなんて、
一体ゴールはどこなのか。

先が見えない上に、
単語や文法をいくら勉強したところで、肝心の「英語が話せる」ようには少しもなっていかない。
だから進歩が感じられない。

それは、
ツライに決まっている。

けれどこれまでに何度も書いていた通り、多くの日本人(と、日本と似た教育を受けている韓国人)は「英語=単語を覚えたり文法を覚えるしかないもの」だと思いこんでしまっている。

バンクーバーのダウンタウンの図書館には自習用の勉強机がたくさん並んでいるのだが、
そこに行けば必ず見ることができるのが、
机に英語の教科書やノートを広げ、その上に突っ伏して寝ている(主に韓国人と日本人と見られる)アジア人留学生の姿であることは以前にも書いた。(バンクーバーの図書館での“正しい”居眠りの方法。を参照。)

なぜ彼らは、英語を「勉強」しながら眠ってしまうのか。

それは、
「ツマラナイから」
に他ならないからではないのだろうか。

日本であれほど頑張ってきた「単語と文法の暗記」に、いくら場所を変えて取り組んでみたところで、
「ツマラナイ」ものは「ツマラナイ」。のである。

どれだけの単語を覚えたところで、
どれだけの文法の問題を解いたところで、
自分に英語のカルチャーがなければ、それら(英単語と英文法)を英語のカルチャーの中で使うことができないから、
いつまで経っても「不自然な英語を話す自分」から抜け出せない。

どんなに努力をしても、
どんなに時間をかけても、
進歩がないから
英語の「勉強」は、
「ツライ」し 「ムズカシイ」し「ツマラナイ」ものでしかない。

バンクーバーで英語を個人で習うようになり、カルチャーを学び始めた私はまもなく、
「ツラ」くて 「ムズカシ」くて「ツマラナイ」だけだった英語の「勉強」を一切やめた。

そうしてようやく、
私は英語が話せるようになっていった。

私にとっての英語は、いつの間にか
「タノシク」て「カンタン」で「ワクワク」するものに変化していた。

*お知らせ*
私がバンクーバーで英語を習っていた先生が、日本でも英語を教えてほしいとの依頼を受け、また前回のレッスンの続きのために今日本に滞在しています。今のところ、東京、大阪、京都、岡山、広島、福岡でレッスンをしていますが、ご希望があれば最寄りの新幹線の駅まで伺うことが可能です。

もし先生のレッスンを受けてみたいという方がいらっしゃればご連絡下さい。無料の体験レッスンを受けて頂けます。日本にいながらにして、英語のカルチャーを学ぶ方法、英語を効率的に早く伸ばす方法、余計なお金や時間をかけずに不安なく留学・ワーホリする方法なども含んだレッスン内容となっています。(日本でのレッスンを受けることで今後海外に行ったり、バンクーバーでもレッスンを受けなければならないといった制限はありません。)

石橋を叩いて「渡りたい」という方は、お早めにご連絡ください。

携帯のアドレスだと、パソコンからのメールを拒否するように自動的に設定されていることがあるので、できるだけパソコンから閲覧可能なアドレスで連絡下さるようお願いします。

既にご連絡先をお知らせ頂いている方で、私または先生からのメールがまだ届いていないという方がいらっしゃれば至急ご一報下さい。(私は先生の代理人でもなければ先生のオフィスの人間でもないので、レッスンの場所、日程や費用などに関するご質問は先生の方へ直接お願いします。)
*今回レッスンを始められた方から、また前回の続きを受けられている方からの感想お待ちしています。



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ホームステイのトラブルと、その対処?

日本からカナダに渡る前、

「異文化理解は大切だ」ということは何となく思ってはいたけれど、

じゃあ、

具体的に日本の文化とカナダの文化は何がどう違って、

私は一体どうしたらいいのか?


それは一切わからなかった。




カナダに着いて、始めはエージェントに頼っていた私。

バンクーバーではホームスティをビジネスとして行っているフィリピン系の家庭が多く、日本人や韓国人留学生はたいがいそこに斡旋される。

ご多分に漏れず、私のホームスティ先もフィリピン系カナディアンの家庭に決まった。

そのホームスティ先を紹介してもらったエージェントから、私は事前に
「郷に入っては郷に従え、で、ホストファミリーの家庭のルールに全て合わせるように」
と言われていた。

「もし万が一何か問題が生じた時には、全てこちらに言ってもらえば、私たちの方からホストファミリーに言って話をつけるので」とも言われた。

でも私は、「英語力をつけて、自分で話ができるようになりたい、そうして自分の力で良好な関係を築きたい」と思っていた。

そうじゃないと意味がない、と思っていた。




ホームスティ先に着いたその日に私は "その家のルール" なるものをホストペアレンツに確認した。何度も何度も聞き返して、やっと理解できたのは、"食事の時間は一応6時〜7時だけど、取り立てて気をつけなければいけないことはない" ということだった。



今思えば英語で満足にコミュニケーションできない私を見て "この人に言っても理解できないから言うだけムダ" と思われて詳しく言ってくれなかったのかもしれないと思う。



始めは見るもの聞くこと全てが新鮮で、ホストファミリーも優しいし良い人達だしと、ホームスティにすっかり満足していたのだが、

"カナダに来たばかりの日本人"である私と、フィリピン系カナディアンである彼らの間には
当然カルチャーの違い、生活習慣の違いがいくつもあり、

できるだけ彼らに合わせようとはしたものの、

「本当に全てにおいて私だけが彼らに合わせるべきなのか?」

疑問が出てきた。



例えば始めの頃はESLのクラスメイトと遊びに行ったりして夕食に遅れることがあり、彼らは何も言わず私の分を保存しておいてくれていた。

ところがある日突然、"ディナーは6時と決まっている。遅れてもあなたの分はとっておかない、遅れたら食べさせない。" と言われた。

夏ともなれば、夜の9〜10時頃まで明るいバンクーバー(夕刻でもまるで真昼かのように感じる)なのに、遅れることができないディナーの時間が6時だなんて、
実質門限は6時ということだ。

私は20歳を過ぎた大人なのに、

門限が、6時。


さらに私が払っているホームスティ費用には一日三食の食事代も含まれているのに、遅れたら食べられないなんて、おかしくはないか。(実際私と同様20歳を過ぎていたホストブラザーは、当たり前のことながら時々ディナーに遅れることがあったが、ホストマザーは彼のためには普通にディナーを保存していた。)


おかしいとは思うけれど、
彼らにそれを何と言って伝えたらよいのかが分からない。


何とか彼らと交渉して、お互いが納得できる妥協案を見つけたいと思ったのだが、


"あなたはこの家のルールに従わなければならない!" と怒鳴られてしまう始末 。


相手を怒らせただけだった。



結局私は
友達と遊んでいても6時のディナーに間に合うように急いで帰って、ディナーを食べたらまた出かける、

そうすることしかできなかった。


ところが、そうまでして私が6時前に家に着くように慌てて帰っても、
ディナーが7時を過ぎるまで始まらなかったり
ホストファミリーは皆出かけており、私のディナーとしてファーストフードのハンバーガーとフライドポテトがテーブルに置いてあるだけだったり(だから早く帰ってくる必要はないという連絡などもちろん何もなく)、

私の不満は募るばかりであった。


そしてある日、私がホストファミリーに対して感じるようになっていた違和感を、エージェントにふともらしたことが、
エージェントづてにホストマザーに伝わり、
"何で私たちに言わないでエージェントに言うのよ!! I'm so upset!! " と私はものすごい剣幕で怒られてしまった。

私は"I'm sorry" を繰り返すしかなく(なぜならそれが当時の私が知っていた唯一の、((日本的))問題解決の方法だったから)、

「金輪際エージェントには一切相談するまい」と思った。


私の違和感はまったく解消されないまま。。。




私はホストファミリーと "良好な関係を築こうと努力すること" を諦めた。


意を決して、"ホームスティをやめる" とホストマザーに伝えた。



私と同時期にホームスティをしていたESL(英語学校)の友達(韓国人と日本人しかいなかったから、当然ホームスティ先もほとんど皆フィリピン系の家庭)の話を聞いても、

門限が6時どころか5時だったり、

シャワーを使うことのできる時間帯が決まっていたり、

ランチに持たせてくれるのが毎日パサパサのパンとチーズだけだったり、

毎晩ホストファミリーがテレビでタガログ語(フィリピンの言語)のドラマを見ているのだが大音量すぎてイライラする、など

ホームステイに満足している人よりも、していない人の方がずっと多いようだった。




他人の家で生活する以上、ホームスティ先の家庭のルールに従わなければならないというのはたしかに一理あるとは思うが、

であればどのようなルールがあるのか始めにしっかり確認しなければならないと思う。

そして、自分がどうしても譲れないことをルールにしている家庭なら始めからスティすべきではないと思う。

何がルールなのかわからない状況(例えば始めはディナーに遅れることが許容されていたのに、急に6時には家にいるように強要され、かつなぜホストブラザーは遅れることが許されて私は許されないのか、理由がわからない)でも、ただホストファミリーの言いなりになっていれば良いのだとは到底思えない。



今なら、
もっと彼らと話し合えたし、上手く交渉できる自信がある。


英語のカルチャー、カナダのカルチャーを学んだ今なら、

あの時どうすればよかったのか、

彼らにどう言えばよかったのかが、

わかる。


でも当時は

何もわからなかった。



難しい言葉を使う必要はないし、

文法の知識が必要なわけでもない。



カナダでは自分にはどれぐらいの権利があって、

何が許されて

何が許されないのか。


それはつまり、カルチャー
なのだった。



<関連エントリ:
友達のホームスティ先決定!>


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英語を話すということは、ツラくてムズカシイもの、なのか?

バンクーバーで英語を個人で習うようになるまで、私は

相当の「努力」と相当の「時間」をかけないと日本人が英語を話せるようにはならないのだと思っていたから、
私のような凡人が英語が話せるようになるには、
果たして一体どれだけの「勉強」が必要なのだろうか、と、

絶望的な気持ちになることがよくあった。


「英語が話せるようになった」今、私が言えるのは、

英語なんて勉強の仕方さえ間違えなければ誰でもすぐに話せるようになるということ。

逆に言えば、

日本人は英語の勉強の仕方を間違えすぎている

ということである。



だって、

私が日本で何年もかけて苦労して学んだ「英語の知識」は、

残念ながらカナダでは役に立たなかったのだから。

役に立たないどころか、その「知識」がかえって私が自然な英語を話す邪魔をしていたとも言える。(日本で学んだ英語の知識が、英語上達の邪魔をする。を参照。)


バンクーバーで生活を始めて、英語を個人で習うようになってからは、
私は机について勉強するということを一切しなくなった。
(勉強すればするほど話せなくなる、英語。を参照。)


だから英語を話すことがツライとかムズカシイなんて、

思いもなかった。

以前思っていたような、

「ガムシャラに頑張れば、いつか英語が話せるようになる」
なんて、

そんな精神論だけの、何の根拠もない「願望」も
消えていた。



英語を話すのが苦痛と感じるどころか、

レッスンで新しいことを習う度に「昨日とは違う英語を話す自分」を感じるのだから、
毎日英語を話すのが

楽しくてたまらなかった。



バンクーバーの図書館で、その後英語を習うようになる先生に初めて会った日の体験レッスンで、
私への質問が一通り終わった後、
ある話し方のテクニックを教えてもらった。


それは自分が思ったことと、自分が言ったことを、

"I think......" や "I said......" という「書き言葉」、言ってみれば堅苦しい言い方で始めるのではなく、

「話し言葉」を使って、ネイティブが言うみたいに、もっと自然に言う方法だった。


先生はその言葉を使ったいくつかの例を言ってくれ、

"今僕が教えた言葉を使って、Cocoも何か話してみて" と言われた。


初めて聞く言葉(と言っても、先生にその言葉を習ってからネイティヴの話を聞いていると、一会話に一回は出てくるような、すごくよく使われる言葉なのである。でも習う前は、単に聞き流していたか、または聞き取れていなかったから分からなかっただけだったのだと思う。) だったし、もちろん英語だし、いきなり"使ってみて" といわれても、
少し考える時間が必要だった。

しばらく考えこんで、ようやく、

私もその「話し言葉」を自分の言葉として話すことができた。

先生には
"Perfect! (完璧!)" と言われた。


私は、

「あ、今、何かが変わった?」と思った。






カナダに渡る前、私がネットや雑誌なんかでワーホリや留学について調べていたとき、
「海外に行ったのに英語が話せるようにならない/ならなかった」(「楽しかった、良い経験になった、今後も英語の勉強頑張っていきたい」)人の体験談やブログは山ほど見つかったのに、
「海外に行って、英語が話せるようになったと確信をもって言える人、またどうやったら話せるようになったのかを具体的に知っている」人の話は一つも見つけることができなかった。

だから英語が話せるようになるには一体どうしたらよいのか、ということが、私は最後まで分からなかった。(英語が話せるようになる具体的な方法って?>を参照。)


だから他に方法があるなんて知らないまま、バンクーバーでESL(英語学校)に通い始めたのだけれど、
私はそのことをすぐに後悔するようになった。


だってESLの授業では、
何かしらの教材を配られて、
先生が言うとおりに問題を解いていって、
隣の人と話し合いながら答え合わせして、

その場では「分かったつもり」になるけれど、
3日後同じ問題を解いたら、また同じ所を間違える。
その繰り返し。


もしくは教材に書かれたお題に沿って、
それが自分の興味のあるテーマであろうが何だろうが、隣の人と何でもいいからとにかく話すように言われるのだが、
でももともと口数が多くない自分が、興味のないことについて無理矢理、しかも英語で話すなんて、苦痛でしかなかった。

「あなたは猫派ですか。犬派ですか」なんていう幼稚な質問に、貴重な授業時間を使って話し込まなければならないことも私には疑問だった。(英語が上手くなるには、「とにかく話す」こと?を参照。)


学校で "自分が言いたいことを英語で言えるようになるためのテクニック" を教えてもらうことなんてただの一度もなかったから、
その時思いついたことをただ適当に言って、
相手の話にも適当に相槌をうって、

それで、

おしまい。


当時はホームスティをしていたので、ホストファミリーと夕食を食べるとき、
"今日は学校で何を習ったの?" と聞かれて、
返答に困ることがよくあった。

夕食を摂る頃には既に「思い出せない」からだ。


だから学校に通っていた頃の私は

昨日も今日も、そして明日も、

ずっと同じ、

何の進歩もない、

変わりばえのない私なのだった。



私はバンクーバーで相当数のESL(英語学校)でtrial lesson(体験レッスン)を受けた(バンクーバーの場合は大概の学校で、無料で受けられるのだ) けれど、

正直言って、どこも同じ。

だった。


(ESLに行ったところで英語が伸びないと思っているのは、私だけでは決してない。下の写真は、今日本にいる先生あてにバンクーバーから昨日送られてきた、日本人留学生からの体験レッスン申し込みのtext message(日本で言うところの携帯メッセージ)なのだそうだが、
image_20130410215303.jpg

"I only go to school but I feel bad go to school. Because I hear ESL don't grew up and I think so too.
I wanna speak English very well."
と明確に書いてある。)





でもその日の体験レッスンで、

私は初めて、

「英語でこれができるようになった」という感覚を持った。


カナダで初めて感じることができた、

「何かが前に進んだ」

という感覚だった。



その時はまだ、私自身が変わる必要があるとまでは思っていなかったけれど、

「私の英語」はその時

確かに

変わっていた。



私はもともと記憶力に優れている方ではないし、

理解が早いわけでもない。

そのおかげで

学校の成績はいつも、どんなに頑張っても中の中だったし、

懸命に勉強したにも関わらず、志望していた大学には入れなかった。


語学学校に通っても、
ホストファミリーだけでなく同じ留学生であるクラスメイトからも英語をバカにされ、
発音の授業の先生に「あなたは吃音障害があるから英語を頑張るのは不利」なんて言われた、


そんな私でも、

「ネイティヴが話すみたいに英語を話すことが、できたじゃないか。」


そう思った。




「昨日とは違う英語を話す自分」、

「昨日よりも英語が上手くなっている自分」を日々感じることができれば、

英語を話すのがツライなんて、思うはずもないのだった。


<関連エントリ:
努力と時間で英語は話せるように、なる?>



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ESLでの生徒一人当たりの持ち時間と、日本の英語教育。

私たち多くの日本人は英語の「勉強」を中学校に入学した時から始め

高校を卒業するまでの6年間もの時間を費やして、

それでも

英語を喋れない日本人の方が「普通」で、

英語が話せる日本人の方が「特別」になってしまう

その理由は何なのか。



私のバンクーバーの日本人の女友達(英語のカルチャーの中でどう考えて、行動するか。でデポジットについて悩んでいた友達)が、
「Cocoに会わせたい日本人の友達がいる」と言うので、
ある日皆で会うことになった。


なぜ彼女が私に友達を紹介したかったのか、
話を聞くうち、
どうやらその友達が「英語が伸びなくて悩んでいるから」だと分かってきた。


彼は「ESL(英語学校)に通っているのだけれど、英語が話せるようにならない。」としきりに嘆いていた。

"It's a waste of time! (学校に通うなんて時間の無駄だ!)" と、そこだけ英語で言う彼に

「何で? 何でそう思うの?」と聞いてみたところ、

「だってあんな授業で英語が伸びるわけないじゃん。
俺、授業時間をクラスメイトの数で割ったんだよね。そしたらさ、一人当たりの持ち時間、一日で何分だったと思う?

10分!
10分だよ、信じられる?

あれだけのお金払って、俺は学校で一日に10分しか持ち時間がないんだ。それは英語、話せるようになるわけないよなあ。。。」


彼にその計算についてさらに詳しく聞いたところ、

彼が学校で受けている授業の時間は一日およそ5時間=300分間。

彼は3つのクラスを受けており、午前中の三時間が一つ目で、クラスメイトの数は10〜13人。

二つ目と三つ目のクラスは午後に一時間ずつで、クラスメイトの数は午前のクラスとほぼ同じ。

だから彼は計算を簡単にするため10人×3つのクラス=30人 としたのだそうだ。


そして300分間を30人で割ってみると、

・・・・・・・

一人10分という持ち時間が導き出されるのであった。


「でも現実には先生が授業の大方の時間を喋っている(だから私はESLに通っている時、スピーキングのクラスを受けているはずなのに、リスニングのクラスを受けているようだと感じることがよくあった) から、実際の持ち時間はもっと少ないのでは・・・」と恐る恐る言ってみると、

「正解! 君分かってるね!」と言われた。


語学学校では、10人以上の生徒に対して1人の先生が教えるという、そのシステム自体も問題かもしれないが、

でももっと大きな問題は、母国語を習得する際には誰もが通ってきた、言語習得の最も自然で最も楽なステップ を、外国語を習得しようという時には思いっきり逆行して、しかもいくつかのステップはすっ飛ばして教えているということなのではないかと、
私は思う。



すると私の友達が、
「でも日本人で、自分の英語が伸びないのは学校のせいだって表立って言う人ってなかなかいないよね。

学校に行ってもだめだったのは、自分の努力が足りなかったからだ、とか、
英語が話せるようになるには相当の時間がかかるのだ、とか、理由をつけて、
学校の勉強が英語が話せるようになるために本当に意味のあるものなのか、少しも疑うことをしないから、ただ学校に行って、かつ学校を卒業してもまだ同じ勉強の仕方(単語と文法を覚えて覚えて覚えて・・・忘れる)をし続けるじゃない。

日本人は詰め込み教育、
教師のいう事をただ黙って聞いて受け入れて、理解できなくともとりあえず丸暗記する、
そういう教育をずっとされてきたから、学校に行きさえすれば間違いないと思う傾向が他の国の人に比べて確かに強いよね。あ、韓国はまた別ね。

だからカナダでESL(英語学校)に行ってた時、韓国と日本以外の国から来た人たちが、授業中先生が喋ってる時でも関係なく口を挟むし、質問しまくることに軽くショックを受けたもん。(私もショックを受けた。→英語でミスすることを、怖れない。2を参照。)


表立って言う人がいないから、日本人が、
英語の勉強は学校に通ってするもの、他に方法なんてないと思い込み続けてるままなんだよ。

だから、Coco、そのことブログに書いてよ。」

と言われた。




たしかに、日本人の学校崇拝は根強くて根深いものだと思う。


私と同様に、日本の学校で英語を「勉強」してきた私の両親は、私が小さかった頃から「英語が話せるようになったらいいだろうねえ」と言い続けて、
今も英語が話せない。


彼らが若かった頃は
今ほど世界のグローバル化は進んでいなかったし、
戦後日本人の人口は増え続けたから
経済は右肩上がりで、

別にわざわざ外国を相手にしなくても、

別に英語なんて話せなくても、

日本人を相手に、日本語だけ話すことができれば、十分だったかもしれない。


でも今は、

そういう時代じゃない。




私が日本にいた頃持っていた、ある日本メーカーの携帯の
言語表記の選択肢には
日本語と英語しかなかった。


カナダに渡る前、携帯ショップに行って、
その使い慣れた携帯を見せながら「これカナダでも使い続けることができますか?」と聞いたところ、
「電話やメールはできるが、日本国内の料金よりずっと高くつく」と言う。

ではカナダの携帯ショップと契約して使い続けることはできないのかと聞くと
「それはできない。もともと海外旅行や出張など、短期での使用を想定しており、
海外で長期間使われることは想定していない」、と言われた。


その携帯をカナダで使うことは諦め、バンクーバーに着いてから携帯を買いにショップに行くと、
カナダにアメリカに韓国、台湾、フィンランドと、色々な国の色々なメーカーがあったが、
その中に日本メーカーのものは一つもなかった。

そして一番安いということで仕方なく買った、韓国製の携帯(私が行った携帯ショップで一番安かったのがその携帯で、カナダに来たばかりで知識がなかったために買ってしまった、型落ちもいいところの古〜い携帯)の言語表記の選択肢を見てみると、
韓国語と英語はもちろんのこと、中国語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語・・・


性能も機能も日本の携帯の方がずっと優れていて使いやすかった。

韓国の携帯にはワンセグもおサイフケータイ機能もGPSだってついていなかった。


でもそんな携帯ですら、始めから日本の携帯の数倍の言語圏で使われることを想定して作られているのだなあ、日本のメーカーは最初から「世界で商品を売る」なんて考えていないんだなあ、とその時思った。




そういう、「時代の変化についていけなかった日本のメーカー」が今どうなっているかは誰もが知っている通りで、

さらにその変化に気づいてもなお、古いやり方、「昔は上手くいっていた方法」を変えたくないのが日本のメーカーで、

それってそっくりそのまま「日本人の英語の勉強」にも当てはまるんじゃないかと、
私は二人の話を聞きながら思っていた。




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私がバンクーバーで英語を習っていた先生が、日本でも英語を教えてほしいとの依頼を受け、また前回のレッスンの続きのために今日本に滞在しています。今のところ、東京、大阪、京都、岡山、広島、福岡でレッスンをしていますが、ご希望があれば最寄りの新幹線の駅まで伺うことが可能です。
image_20130409173903.jpg
(↑仕事の空き時間に、桜を鑑賞したらしい先生より。)

もし私の先生のレッスンを受けてみたいという方がいらっしゃればご連絡下さい。無料の体験レッスンを受けて頂けます。日本にいながらにして、英語のカルチャーを学ぶ方法、英語を効率的に早く伸ばす方法、余計なお金や時間をかけずに不安なく留学・ワーホリする方法なども含んだレッスン内容となっています。(日本でのレッスンを受けることで今後海外に行ったり、バンクーバーでもレッスンを受けなければならないといった制限はありません。)

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プロフィール

Coco

Author:Coco
カナダ・バンクーバーで2012年ワーホリを経験。日本で何年勉強してもカナダで語学学校に通っても英語が話せなかったのに、その後「暗記ナシ・教科書ナシ・宿題もナシ」の方法で英語を学び、3ヶ月ほどで英語が話せるようになりました。
(ワーホリを終えてもTOEICのスコアを持っていなかったため好奇心で受けたところ970点でした)

帰国後の現在は都内企業で英語を使って働いています。

カナダでワーホリ中は始め語学学校に通っていたのですが、3ヶ月経っても英語が話せているとは思えず、かなり悩んでいました。
でもその後、知人から聞いて、日本の学校教育とも英会話スクールとも、海外の語学学校とも違う、
「暗記ナシ・教材ナシ・宿題ナシ・筆記用具もナシ」の方法で英語を学ぶようになりました。

すると今度は同じ3ヶ月で、現地の人とも臆することなく英語で会話できるだけでなく、英語が「自然」だと言われたり、「日本人の英語っぽくないから日本人だとは思わなかった」と言われたりするようにもなっていました。

英語を暗記しても話せるようになるのは難しい。
逆に、勉強方法を変えたら英語が話せるようになるのは簡単です。

私がブログに書いている自分の経験、とくに英語の勉強方法については、「英語を暗記しなくていいなんてアリエナイ」とのメッセージを頂いたこともあります。

「英語を暗記しない」・「英語は簡単」など、"常識"と反対のことを言っていますのでそう思われる方もいて当然だと思います。

でもそう言う方に是非お聞きしたいのですが、
「散々英語を暗記してきて、今、英語が話せるようになっていますか???」

***
・このまま勉強を続けたところで英語が話せている自分が想像できない
・留学やワーホリを考えているが英語が話せないまま海外に行って本当に大丈夫なのか?
と思っている方。

私もバンクーバーで英語を個人で学ぶようになるまで同じ疑問や不安を持っていました。

「暗記ナシ・教材ナシ・宿題もナシ」の、今までとは違う英語の勉強方法に興味がある方、英語を使って海外で仕事にボランティアに旅行に友達作り・・現地で自分が本当に望むワーホリ&留学がしたい方はご連絡ください。

◆ワーホリの王道(日本人が経験する「ワーホリの王道パターン」とは。)を行かないために、私がバンクーバーで受けていた英語を「暗記ナシ・教科書ナシ・宿題もナシ」の方法で学んだユニークな英語レッスンについてはこちら→
  • 英語を効果的に勉強する
  • 【動画で説明】一般的な英語学習の問題点。なぜ母国語を習得するのは簡単で、外国語を習得するのは難しいのか。

  • ◆レッスンは現在カナダだけでなくフィリピンやオーストラリア、日本でも受講できます。
    ◆オンライン(Skype)レッスンもあります。
    ◆レッスンを1ヶ月フィリピンで受けられ、現在カナダでワーホリ中のAmiさんのインスタとツイッター
    →いつも同じガイドブックじゃつまらない。AmiさんのInstagram
    →英語や現地の日々奮闘している生活情報。AmiさんのTwitter

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