英語でミスすることを、怖れない。4

私が日本の中学と高校で受けた英語教育では、英語をツールとして使って他人とコミュニケーションをとることよりも、
とにかくテストで良い点を取ることを求められた。

自分が言いたいことを自由に表現することではなく、
とにかくミスをしないことを求められた。

だから私はいつしか、「英語を扱うときにはいつでも、たとえ話すときにでも、ミスをするべきではないのだ」、と思い込むようになっていった。

★★★★★

私の場合、カナダに渡りESL(語学学校)に通うようになっても、毎週末テストがあって私は少しでも良い点が取れるように「勉強」したし、先生から、学校カウンセラーの人からも「ミスをすべきではない」と言われ続けた。

ESLの先生の中には、なぜかやたら生徒のミスに厳しく、発音が違っていたり動詞のSが抜けていたりするたびに”違う!”と指摘する先生もおり(生徒が10人以上もいる中でそんなことをするなんて、それはそれですごいことだとは思うのだが)、私も皆も何かミスをする度”Sorry”と言ってから言い直さなければならなかった。

その度「また間違えた。こんなこともできなくて私はダメだ。いつになったら英語が話せるようになるのだろう。。。」とヘコむ(ミスをする度、「自分は英語が話せない」と思っていた理由。)のだが、
でもミスを指摘されてその場では直せても、本当に理解はできていないから、また同じミスを繰り返した。

発音にいたっては、私はそもそも何をどう間違えているのかよく分からず、先生が”OK”と言うまで適当に言い直してその場をやり過ごすだけだった。

だから自分の英語に対する自信がなくなっていくだけで、ミスを直されることで自分の英語が上達していっている、とはちっとも思えなかった。

(でもその発音や文法のミスには厳しかった先生が、私のクラスメイトが"How can I say?"を口ぐせのように言いまくることに関しては何も言っていなかった。。
おそらくESLの先生達にとって、留学生が不自然な英語のカルチャー" target="_blank" title="カルチャー">カルチャーしか使えないのは当たり前すぎて気がつかないのかもしれない。
私は発音や文法が正しい英語で話せることよりも、英語のカルチャーを使って話せることの方が、ずっと重要なのではないかと思うのだが。→ESL英語のワナ。を参照。)

私が「英語が話せるようになっていかないので不安です。ミスもたくさんするし。。」と相談した学校カウンセラーの人にも、
「今ミスをしていたら、発音も文法も間違えた状態で憶えてしまうから、考えながらゆっくり話した方がよいです。」と言われた。

だから私はますます、英語で話すときには、ミスをしないように、口を開く前によく考えるようになった。

でも頭の中でいくら文法はこうで、発音はこうでとか考えても、結局は通じないし、考えていた通りにも話せない。。。

★★★★★

ESLを卒業し、英語を個人で学ぶようになったある日のこと。

その日習ったばかりの話し言葉のテクニックを使って”何でも好きなことを話してみて”と言われたのだが、私はとっさに何を言えばいいか浮かんでこず、考え込んでしまった。
と、思いついたことがあったので、言ってみようと口を開きかけた、でもやっぱり言うのを止めてまた考えてしまった。

自分が言いたいことを、「言う前に確認しなくては」、と一瞬思ってしまったのである。

すると先生から”今何か言いかけたのに、何で止めてしまったの?” と聞かれた。

私が”・・・言う前に、文法とか合ってるか確認しなくちゃと思って。”
と正直に言うと、

”Cocoは日本語でも話す前に文法が合ってるかどうか考えたりするの?”
と聞かれた。

”日本語で?・・全然しないです。(言われてみれば!) でもやっぱりどうしても英語ではミスをしちゃいけないと思ってしまって。。”
と答えると、

”英語でミスをしちゃいけない、って何で? 僕はネイティブイングリッシュスピーカーだけど、英語でミスすることなんてたくさんあるよ。
ミスしちゃいけないなんて、そんな完璧主義でいると、何かをしようとするときにさっきみたいに自分で自分にブレーキをしてしまうからもったいないよ。
むしろCocoはミスをたくさんしたほうがいいよ。ミスしたってカバーをすればいいんだから。”
と先生は言って、その時ミスをカバーする方法なども少し教えてくれた。
日本語で言い間違えても謝らないのに、英語で言い間違えたら謝る日本人。

★★★★★


ミスをする度テストからどんどん点が引かれていく/注意される「減点主義」の教育によって、
私はいつの間にか、英語を話すときにはいつでも完璧でなければならないと思うようになっていた。

本当のところ、言語に完璧なんてないのにも関わらず。。
言語に完璧はあるのか。

私は自分の母国語であるはずの日本語でも発音や文法をよく間違えることがある。
でも間違えたって気にもしない。。。


私は徐々に、英語でも何かミスをする度 "Sorry!" と言うのではなく、
”ミスして何が悪いの?” と思うようにすらなっていった。

すると「ミスをしないように・・」とビクビクしながら話すよりも、100倍リラックスして話すことができるのであった。


日本人は学校教育により、英語でミスをしてはいけない・間違えてはいけない、と思うようになるのだと私は思うが、
そんな思い込み、百害あって一利なしである。

<関連エントリ:
英語でミスすることを、怖れない。
英語でミスすることを、怖れない。2


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どんなに英語を勉強しても、「使えない」ワケ。

バンクーバー夜景
(↑バンクーバーの夜景。)

私がバンクーバーで個人で英語を習っていたレッスンでは、「教科書もなければノートもいらなかった。」と言うとよく驚かれる。(「話すための英語学習」と、「暗記するための英語学習」の、違い。)


ESL(語学学校)を卒業してからそのレッスンを受けることに決めて(英語習得を決めたもの=石橋叩いて、渡る勇気。)始まった、第一回目のレッスンにて。

体験レッスンの時に、"レッスンでノートは使わない"と言われていたので、私はノートを持っていくことこそしなかったけれど、小さなメモ帳とペンを「一応」持って行った。

だって筆記道具を使わない語学の授業なんて私はそれまでに経験したことがなかったから。
日本で学生だったときも、バンクーバーでESL(語学学校)に通っているときも、私は"ノートを取らなくていい"なんて言われたことがなかった、というかむしろノートを取らないと怒られるばかりだったから。

"ノートはいらない" ということはつまりレッスン中にノートを取る必要はないということだけれど、
何かを習う時に一切ノートを取らないというのはやっぱりどうしても不安だった。


だから第一回目のレッスンで、 私は先生が話し始めるやいなやペンを取り、メモ帳を広げた。

ひたすらメモ帳を見つめながら、先生が話すことを逐一書き取ることに必死になった。

何分かして、"あっ今何て言いましたか?聞き取れなかった。"と私が言ったとき、
遂に先生が言った。

"Coco、さっきから何をしているの?"
と。

"えっ何って・・。ノートを取っているのだけれど・・。"

"そっか、じゃあ聞くけれど、自分が今何についてノートを取っているのか、分かっている?"

"・・・分からない。(だってその時私は先生が何を言っているかを聞くことよりも書くことに必死になっていたのだから。)・・・というか分からないから、書く。"

"でも自分で何を書いているのか分からないのに、一体何のために書くの?"

"えっと・・後から見返して確認するために。今は分からなくても後で読み直して理解するために。だって書かないと憶えられないから。"

"Ok わかった。
書かないと憶えられない、んだね?
でもその、書いて、後から憶える、それって君が今までずっとやってきた英語の勉強の仕方じゃない?
その勉強の仕方で、英語が話せる、つまり使えるようになった?"

"・・・"(首を振る私。)

"だとしたら、今何を書いているのか分からないままにノートを取って、後から見直して、それで初めて理解するっていうのよりも、
今ノートを取ることを止めてまず理解することに集中した方がいいんじゃないかな?

"でも・・・ノートを取ってないと、絶対忘れてしまう。"
と言う私に先生は言った。

"Coco。本当に理解したら、忘れることはないから。 "
と。


私はそれでもやっぱり不安だったけれど、先生がそう言うからにはそこでひとまずメモ帳を閉じることにした。

メモ帳ではなく先生の顔をちゃんと見て話を聞くことにした。


★★★★★


・・・本当に理解したら、忘れることはない。

私がそれを実感したのは文法を習った時だった。

以前にも書いた通り、英語の文法というのは、動詞の形、原型かbe+ingか、時制が入るかどうかなどによって、パズルのように意味が決まってくる。

数学(算数?)の公式では1+1=2であって、答えは3でも4でもないように、
英語にも公式があり、それによって導き出される答え(意味)はいつも一つ。

だから
I study English.
I'm studying English.
I'm going to study English tomorrow.
I'm studying English tomorrow.
I will study English tomorrow.
の5つの文の意味の違いも、習った瞬間一気に明確になった。
(英語を効果的に勉強する:4)

そうやって習った瞬間に"本当に理解できた"ものは、その瞬間から使えて、しかも"忘れない"のだった。


★★★★★


理解しないままに得た知識は忘れてしまう。
でも理解してから得た知識は、忘れない。
(日本人が英語の文法を”キライ”、な理由?)


私はそれまで、
何を書いてるかはわからないけれど、 とりあえず書いておいて、後から見直して覚える。
それが「勉強」であり、覚えることがイコール理解することだと思っていた。

日本で学生だった頃は先生が黒板に書くことを 理解せぬままに丸写しをして、テストの前になって初めて読み返す(暗記する)ということをよくしていた。それでその時は理解したような気になってテストでも書ける(使える)のだが、でもそうやって憶えたはずのことは定期試験なり入試なり、テストが終わるとすぐに忘れた。
バンクーバーでESL(語学学校)に行っていたときも、やっぱりテキストやノートに先生が黒板に書くことや言うことを逐一メモをして、テストのために暗記して、テストが終わればもう使えない。。。

ただ勉強した気にだけはなっていた。


それまでの私がしていたことを整理すると、

1.メモをとる。(何についてなのか"分からない"ままに)
2.暗記する。(丸暗記だから応用はきかなかったりする。そしてすぐ忘れる。)
3.理解する。(理解した"つもり"。)
4.使う。(直後のテストでだけ、使える。)

ということになるのだが、
まず最初に「理解すること」から入れば、
そのプロセスは

1.理解する。
2.使う。

これでおしまい。

自分で何を書いているのかもわからず、「後から見直して考え直す」ためだけにノートを取るなんてことは不効率であり、
最初に「理解」をしてからノートを取った方が、何倍も何十倍も効率が良い。

ずっと時間が短縮される、かつ、忘れないというオマケもついてくるのであった。


<関連エントリ:
英語で考えて、英語で話す、ということ。>


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「日本人が英語を話すのは難しい」、は大間違い。3

私がバンクーバーで通っていたESL(語学学校)の授業である日先生がこう言っていた。
(そこにいたのは私とクラスメイト達、全員が日本人だった。)

”アジアの言語は英語とは全然違う。だからアジア人の発声器官はアジアの言語に適した作りになっている。何百年何千年の時間を経て、それがDNAレベルで固定されるようになった。だからアジア人が英語を発音するのは難しい。英語を自然に話せるようになるのも難しい。時間がかかるかもしれないけど、たくさん練習しないといけないよ。"、
と。

カナダ生まれのカナダ育ちでネイティブイングリッシュスピーカー、そして学校で教えているのだから英語の「専門家」である”はず”の先生がそう言うものだから、私は「そうなんだ~・・・。やっぱりアジア人の自分が英語が話せるようになるのはすごく難しいんだ。それで私も皆(クラスメイト)も、不自然な英語しか話せないんだ・・・」と思った。

その時はすっかり信じてしまった。

でも今になって思えば、
納得できないことだらけ。

その先生は「アジア人は英語が話せるようになるのは難しい」と言っていたが、
では両親がアジア人で、だから自分も身体的には完全にアジア人だけれど、母親がカナダに移民した後に産まれてそのままカナダで育ったアジア人の存在はどうなるのだろうか。

そういう友達や知り合いが私にも何人かいるが、
彼らが、英語が話せなくて、または英語の発音ができなくて、苦労した/している なんて、
聞いたことがない。

彼らにとって英語は "my mother tongue(母国語)" 以外の何でもなく、
むしろ中国語だったり韓国語だったり、両親の母国語、つまり本来なら自分の母国語になっていたかもしれないアジアの言語を第二言語として習得することに苦労していたりする。

彼らのDNAレベルで固定されていたはずの「アジアの言語に適した発声器官」は、カナダで生まれ落ちた瞬間に「英語に適した発声器官」に変わってしまったのだろうか?

・・・生徒達が不自然な英語しか話せない責任は自分にあるのではなく、
私たち生徒がアジア人だから自然な英語を話せるようにならないなんて、
そんなのただの言い訳である。

★★★★★

両親がどこの国の人であろうが
見た目がアジア系であろうが何系であろうが、
英語圏の国で生まれた子どもであれば誰でも自然に英語を話すようになる。
(日本人が間違えがちな、英語を学ぶ「目的」と、「手段」。を参照。)

それはなぜなら、ヒトが最も自然で最も楽に言語を身につけることができる5つのステップを、成長の過程で1番のカルチャーから順番に経験することができるから。


ESLに通って何ヶ月も経っても、私が「自然な英語が話せている」と思えなかったのは、その5つのステップのうち3つも抜けた英語の「勉強」を続けていたから、つまり「日本の伝統的な英語教育」をカナダにいてもなお受け続けていたからなのだった。

・・・つまり日本でしていた「勉強」とカナダでしていた「勉強」には、日本語で教わるか英語で教わるか、ただそれだけの違いしかなかったのである。

★★★★★

ESL(語学学校)に通っていた頃私は自分のカタカナ英語にすごく悩んでいた。
自分では正しい発音で英語を話しているつもりなのだけれど、通じない。何回直されてもどこが悪いのか分からない。ただ自分の発音が「すごく日本人ぽい」ということだけは周囲の反応からよくわかっていた。

それを先生に相談すると、私の発音がおかしい(カタカナ英語)のは、"吃音障害があるから"、だと言われた。(英語を効果的に勉強する:2)

けどこれも今考えると全然納得できない。

だって吃音障害なんて日本人だけに現れる類のものじゃない。
日本人とは人種も違う、例えば白人のカナダ人にだって、吃音障害がある人はいるはずだ。

ではカナダで生まれて育ったネイティブイングリッシュスピーカーでも吃音障害がある人は皆、カタカナ英語を話すのか?

日本の教材で英語を勉強することなど一生ないネイティブイングリッシュスピーカーがカタカナ英語を話すようになる・・・わけがない。

逆に言えば、英文の下に逐一カタカナでどう発音すべきか書いてあるという、そんな英語教材を音読して「勉強」していた私が、カタカナ英語を話さないようにならない方が難しい。(どんなに参考書を読んでも英語が「話せない」、理由。)

・・・私がバンクーバーで通っていた学校に英語を教える資格(免状)を持っている先生などほとんどいなかったということが分かるのは、学校を卒業した後、だいぶ時間が経ってからのことだった。

★★★★★


「日本人だから」、英語を発音するのは難しい、
「日本人だから」、英語が話せるようになるのは難しい、
「日本人だから」、英語が話せるようになるのは時間がかかる、
と、今まで数え切れない多くの人たちから言い聞かされてきた。

でもそれって全部、

「日本人だから」ではなくて 「日本の伝統的な英語教育を受けるから」、

難しくて時間がかかってしまっていただけである。


<関連エントリ:
過去と未来と、英語との関係。
「ワーホリの1年」は英語を習得するには長いのか、短いのか。>


*****

私がバンクーバーで個人で受けていた英語のレッスンの一環((“リアルな経験”の中で生きた英語を習得“リアルな経験”の中で生きた英語を習得:2))で、今年RV(キャンピングカー)でアメリカ縦断旅行をした生徒さんたち。(日本人が経験する、ワーホリの“王道”プランとは。;2の続き)

US RV trip9

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US RV trip8

US RV trip7

Vehicle registration plates3

Vehicle registration plates1


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「日本人が英語を話すのは難しい」、は大間違い。2

前回も書いた通り、「日本人だから英語が話せるようにはならない」というのは、思い込みに過ぎないと私は思う。

たしかに大半の日本人は中学高校と最低6年もの年月を費やすにも関わらず、
日本でもカナダでもこれまでに旅行で訪れた国々でも、
「日本人は英語が得意だ/上手だ」なんて言う人に私は出会ったことはない。

日本人が自分で思うだけでなく、世界的に「日本人は英語が話せない」というのが一般的なイメージだというのは実際あると思う。

でも「日本人だから英語が話せるようにはならない」と「日本人は英語が話せない」はイコールではない。

日本人であること、日本語を使う民族であるということに
英語が話せない原因を求めるのは間違っていると思う。

だって日本人が英語が話せないのは日本人であることが原因なのではなく、
日本人は日本の伝統的な英語教育を受けることに原因があるのだから。

★★★★★

私がバンクーバーでESL(語学学校)に通っていたとき、ヨーロッパやメキシコや南米出身の生徒達が英語をペラペラ話していることに驚いたものだった(ESLの思い出)が、
彼らがもし日本で教育を受けていたなら、間違いなくあんなに話せるようにはなっていなかったはずである。(よって私が彼らに劣等感をもつこともなかったはずである。。。)

英語をペラペラ話していたヨーロッパ人やメキシコ人や南米人、と言いつつESLに入った頃は彼らが何を言っているのかほとんどわからなかったのだけれど、
でも耳が慣れてくると、
彼らの発音も文法も、実のところメチャメチャだった。

でも彼らはそんなこと気にする様子もなく堂々と(たとえ先生が話している最中でも)英語で話していた。

★★★★★

日本の学校教育では伝統的に、
英語の「単語と文法をどれだけ暗記することができたか」、
ただそれだけが重視される。

私に「英語の基本は単語と文法」だと教えた中学高校の先生達も、別に悪気があって教えたわけではなくて、本当に自分達もそう信じていたのだろうと思う。


単語と文法の「知識」がたくさんある=よい成績がとれる=頭がよい=英語が話せる
という図式は何かが違う気がする、でも具体的にどこがどう違うのかはわからなかった私(「英語が話せる」ということと「学校の成績」の、関係?)、
カナダに行けば英語が話せるようになるはず・・という淡い期待を持ってバンクーバーに到着し、ESL(語学学校)に通い始めた。

単語と文法の「知識」がたくさんある=英語が話せる、だったはずなのに、
ESLで教わるとおりに単語を覚えたり文法の問題を解いても、
自分が「英語が話せるようになっていっている」という感覚はなかった。

・・・「英語が話せている」感覚はない。かといって他にどうすればよいかはわからない。・・・

当時の私が思いつく英語の勉強法といえば
単語を覚えることか
問題集を解くことか、
英語のCDを聞いたりすることぐらい。

その中でも単語を覚えるのはパッと単語帳を開いて目を通すことだけだから、
考え込まなきゃいけない問題集より、何を言っているのか分からないCDより
取りかかるのが一番ラクだった。

たとえ「英語が話せるようになっているという感覚」がなくても、
憶えないよりは憶えた方がいいだろう、
単語を知らないよりは知っている方がいいだろう、
プラスになることはあってもマイナスになることはないだろう、と思っていた。

・・・でも。

今になってわかるが、それは実のところマイナスになるのである。

なぜなら、単語は言語を身につける最後の段階で身につけるべきskill(英語を効果的に勉強するを参照。)だから。

カルチャー言語音楽(発音含む)話し言葉のテクニックも身につけていない段階で単語を憶えようとしたところで、
それは遠回りになってしまうから。

いくら取り掛かるのがラクでも、たとえ「今日はこれだけ憶えた」という”一時の達成感”があろうと、
単語を暗記することにいくら時間を使っても、
話せるようにはならない。
ということは、それはつまり時間を「浪費」することになるのだ。。。
ワーホリの「成功」と「失敗」って、何?:2

★★★★★


「日本語と英語とでは文法のルールも発音の仕方も全然違う。だから日本人にとって英語が話せるようになるのは難しい」。 
・・自分でできないと信じていることができるようになるのは、たしかに”難しい”と思う。

「日本人だから英語が話せるようにはならない」。
・・そう思えば思うほど、ますます英語は話せなくなる。


かく言う私も、「自分が英語を話せるようになる」とずっと信じることができていたわけでは当然ない。

周囲から何度も繰り返し聞かされる「英語が話せるようになるのは難しい」という声と、
カナダでの、もともとない自信をさらに喪失させる出来事の数々。

英語で話したくても自分の言いたいことが言えなくて、いつも小さい子どもに返ったように感じていて(英語を話す時と日本語を話す時の精神年齢は同じ?)、
同じESLに通うクラスメイトから”発音が悪すぎて何と言っているのかわからない。日本語を話してるのか英語なのかわからない”とバカにされ(英語を効果的に勉強する:2)、
カフェに行っても自分の注文を通すより店員をイライラさせたくなくて相手の言うことにただ合わせることの方が多い・・・そんな状態の中でも「自分が英語を話せるようになる」と信じることができたなら、
その人は相当強靭な精神の持ち主である。

だから当時の私の心境は、「英語が話せるようになるのは難しい」、けど
「話せるようになることを諦めたくない」というのが一番合っていると思う。


ESLを卒業した私は、英語を個人で学ぶようになった。そのレッスンが始まって10日後に、久しぶりに会った元クラスメイト(私をバカにしていたクラスメイトとは別の人物だが)から、
自分が一番苦手意識のあった発音を褒められたことで、
初めて自分の中で「私でも英語が話せるようになる、かもしれない!?」と思えた。
(もしそのクラスメイトに褒められる経験がなかったら、私の英語の上達はもっと遅くなっていたかもしれないとも思う。(英語を「学ぶ」こと、そしてそれを「使う」こと。)あのタイミングであのクラスメイトに会えて本当によかった。)
それが今思えば転機だったように思う。


考え方を変えれば、行動が変わる。

行動が変われば、考え方が変わる。

それらが変われば変わるほど、

私の英語も変わっていった。
英語に対する「考え方」を変えることと、「行動」を変えること。



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「日本人が英語を話すのは難しい」、は大間違い。

私が思う、日本人が期待する「日本人のイメージ」には他にもあって、
またこれはワーホリがどうこうではなく、一般的に言って多くの日本人が持っている、と思うのが、
「日本人が英語を話せるようになるのは難しい」という思い込み
である。

★★★★★

スポーツでも勉強でも、何事も「基本」が大切だとよく言われる。

でも日本の伝統的な英語教育を受けると、完全にその「基本(=カルチャー)」を見落とし、なおかつ、「基本は単語と文法」なのだと思うようになってしまう。


私は中学と高校を通して、自分の周囲で一番の「専門家」であるはずの英語教師たちから
「英語の基本は単語と文法」だと繰り返し言われ続けた。

でももし単語と文法が英語の「基本」であるのなら
なぜその「基本」を何年も「勉強」し続けているのに、自分もそして当の教師たちも英語が話せるようになっていかないのか? 自分も話せないし、周りにも話せる人がいないのか?

・・そんな私の疑問に対して明解な答えをくれる先生はいなかったし、第一私の何倍も何十倍も英語を「勉強」してきていながら現実には英語を話せない彼らを見て、いつの間にか「それが日本人なのだ」と思うようになっていった。



カナダに渡る前、学校の教師に限らず、周囲の大人や、メディア(テレビ・本・雑誌・ブログ・・)からも、
「日本人が英語が話せるようになるのは難しい」というメッセージは何度も目/耳にしたし、
カナダに渡ってからも度々そう言う人に出会った。

ESL(語学学校)のクラスメイトや先生達、学校カウンセラーの人にもそう言われた。

いつの間にか、私もすっかり「日本語と英語とでは文法のルールも発音の仕方も全然違う。だから日本人にとって英語が話せるようになるのは難しいのだ」(ESLの思い出)と思うようになっていた。

でも今私が思うのは、
日本語が英語とは文法も発音も違うのは、それはそうなのだけれど、だからと言ってそれが日本人が英語を話せない理由にはならない、ということ。

★★★★★

「基本が大切」と言いながら、その「基本」をすっかり無視しておいて、「英語は難しい」と悩んでいた私。

「基本を無視している」ということが英語が難しくなってしまう”元凶”であったのにも関わらず
それが「自分が日本人であること」にあると思っていたなんて、とんだ勘違い、なのだった。

★★★★★

日本で中学高校、そしてカナダでESL(語学学校)に通って単語と文法を暗記し続けた、その結果が 
”英語が話せない自分”。

その ”結果” を変えるために、私は ”何か” を変えなきゃいけないんじゃないかと思った。

それが具体的には何なのか、その時点ではわからなかったけれど、
このまま単語と文法を暗記し続けるのは何か違うんじゃないか・・という気がしつつあった。


ESL(語学学校)を卒業した私は、その”何か”を変えたくて、というよりその”何か”を見つけたくて、バンクーバーの他のESL(バンクーバーには星の数ほどあると言われている)や有料カンバセーションクラブなんかの体験レッスンを受けてまわっていた。その後英語を個人で学ぶことを決めた先生の体験レッスンをたまたま受けたのはちょうどその頃だった。


私が ”英語が話せない自分” を変えるために、変えたもの。

それは、自分の「考え方」と「行動」だったのだと、今なら分かる。

気がつくと、「自分が日本人だから・・・」なんて思うことは一切なくなっていた。
英語に対する「考え方」を変えることと、「行動」を変えること。


*****

私がバンクーバーで英語を個人で習っていた先生は今年だけでも4回来日し、日本各地でレッスンを開催しました。(次回は12月に来日予定です。)
レッスンでの生徒さんとの写真を頂いたのでご紹介します。

こちらの生徒さんは、つい先日ワーキングホリデーのビザを取得されたそうで、12月に日本での最後のレッスンを受けられた後、先生とスタッフのサポートの元来年バンクーバーに渡られる予定だそうです。
ビザの取得おめでとうございます!

lesson in japan 1
↑6月のレッスンにて

lesson in japan
↑9月末のレッスンにて。


◆前回までの日本でのレッスンの様子はこちらの過去エントリをご覧ください。


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日本人が経験する、ワーホリの“王道”プランとは。;2

前回、海外で期待される「日本人のイメージ」について書いたが、私は海外で日本人が期待する「日本人のイメージ」にも誤解というか、思い込みがあると思う。
以下はすべて、自分もしていた思い込みである。


まず「日本人のカナダワーホリ」というと思い浮かべていたのが
ESL(語学学校)に通って、卒業前後に仕事(アルバイト)を探して、旅行に行って・・という ”王道のワーホリ”(日本人が経験する、ワーホリの“王道”プランとは。)であったこと。

私がこれを思い込みだというのは、
語学学校に通っても英語が話せるようにはならないということが今となってはよく分かるからだ。

なぜなら語学学校というのは、例えそれが英語圏の国にある英語のための学校、であっても、
教わることは日本と同じだから。

つまりカナダで語学学校に通ったところで、「単語と文法を暗記すること」を繰り返すだけ。

日本人であれば大体の人は中学校に入ったときから英単語と文法の暗記を始め、高校を卒業する時まで続けたことと思うが、それをいくら”英語環境”であるカナダで、英語のための学校に通って繰り返したところで、
話せるようにならないものはならない
のである。


でも「ワーホリ=最初の3ヶ月ぐらいはESL(語学学校)」という思い込みは私も疑いつつもかなり影響されてしまった。

それはなぜかと言うと、
私が当時ワーホリに関して集めた情報すべて、ESLに通うことが前提となっていたからである。
留学エージェントのサイトに、ワーホリ経験者のブログに、留学情報誌、全部そうだった。

学校に行かないという選択肢を挙げているものを一つも見つけられなかったからである。


日本人がカナダ政府からもらえるワーホリビザの有効期間は1年で、
他のビザに比べても自由度が高く、
1年間カナダに滞在できる上に、就労、旅行、通学が許される。

でもそれも全部「してもいいですよ」ということであって、
「しなければならない」とはどこにも書いていない。。。
英語が話せるようになる具体的な方法って?

本来は学校になど行かなくてもよいのに、それ以外の選択肢が分からなかったし、他にどうしたらよいかも分からなかった私は、
エージェントにすすめられたうちの一つの学校に行くことに決め、
毎日マジメに授業に出て「勉強」をして、
1ヶ月が過ぎ、
2ヶ月が過ぎ、
3ヶ月が過ぎ・・・

・・・・・・何も変わらなかった。

カナダで3ヶ月暮らしているのに、
カナダで語学学校に通って勉強までしているのに、
自分が英語が話せているという感覚がなかった。


そして気がついたときには、何も変わっていないままに、私のワーホリビザの有効期間は9ヶ月を切っていたのだった。

学校に通った分だけ、時間を無駄にした・・・と正直思った。(「ワーホリの1年」を最大限に利用するために必要なことって?


またもう一つの思い込みは、自分が日本人だから、そして皆がそうしているから、ワーホリのビザではカフェやレストランでしか働けない、というものである。

日本にいた頃はエージェントに、そしてカナダに渡った後はエージェントに加え語学学校でも、
「日本人がワーホリのビザでできる仕事はカフェかレストランが一般的」と言われ続けていた。

でも私は、日本で学生時代にレストランでバイトをしたとき、そこで使う言葉は結構限られていると感じていたから、そこで働くことで英語を伸ばしていけるのか、疑問だった。

そして語学学校を卒業して、英語を個人で学ぶようになり、
気がついたことは
ワーホリビザをもつ日本人であっても、働く場所はレストランやカフェ以外にもある、ということであった。(カナダのカフェやレストランで働けば、英語は伸びる、のか?

★★★★★

自分が日本人だから。
皆がそうしているから。

・・だからと言って、自分が皆と同じことをしなければいけない理由なんて、ない。

自分で自分に”あるべき日本人像”を押し付けていては、そこにある可能性に気がつけないことがある。


もし今の私が、まだカナダに渡る前の自分に声をかけることができるなら、きっとこう尋ねる。

「はるばるカナダまで行ってしたいのは本当に ”王道のワーホリ” なの?」

「そんなことをしても、それは自分ではない ”誰か” の期待に応えるだけなんじゃないの?」

・・と。


*****

私がバンクーバーで個人で受けていた英語のレッスンの一環((“リアルな経験”の中で生きた英語を習得“リアルな経験”の中で生きた英語を習得:2))で、今年RV(キャンピングカー)でアメリカ縦断旅行をした生徒さんたち。(*顔写真掲載の許可を頂いています。)

US RV trip1

US RV trip4

US RV trip2

US RV trip3

US RV trip5

US RV trip6



*お知らせ*
私がバンクーバーで英語を個人で習っていた先生が、日本でも英語を教えてほしいとの依頼を受け、また前回のレッスンの続きのために再度12月に来日する予定です。

日本にいながらにして、英語のカルチャーを学び「経験」することができる先生のレッスンを受けてみたいという方、“王道”ではない留学/ワーホリをしたい方がいらっしゃればご連絡下さい。体験レッスンがあります。

携帯のアドレスだとパソコンからのメールを拒否するように自動的に設定されていることがあるので、携帯以外のアドレスでご連絡下さるようお願いします。
(私は先生の代理人でもなければ先生のオフィスの人間でもないので、レッスンの場所、日程や費用などに関するご質問は先生の方へ直接お願いします。)

◆前回までの日本でのレッスンの様子はこちらの過去エントリをご覧ください。


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海外で期待される「日本人のイメージ」への困惑。

以前にも書いたことがあるけれど、バンクーバーで生活を始めてカナダ人の友達ができるようになった頃、一緒に遊びに行ったり何か計画を立てようとするとき、彼らのドタキャンの多さに戸惑うことがよくあった。(優柔不断な日本人と、カナダ人??http://cocolifeinvancouver.blog.fc2.com/blog-entry-118.html" target="_blank" title="「約束」に対する考え方の違い">「約束」に対する考え方の違いを参照。)

日本ではその計画や約束の重要度に関係なく、ドタキャンは「よっぽどのことがないとしてはいけないこと」と思っていたけれど、バンクーバーでは何かイベントがあって”行くよ”と聞いていても来なくて、その連絡すらもなく、しかも悪びれる様子もない・・という人も結構いる。


ある日友達数人でタイ料理レストランに夜行こうという話を前々からしていて、でも当日のお昼ぐらいから私は何だか身体がだるくて、”今日ちょっと体調がよくないから欠席するね”というメッセージを友達の一人に送っておいた。

後から聞いたところによると、前々から”参加する”と言っていた人の他にも皆がそれぞれ友達を誘ったりしていて、人数は当初の計画よりずっと多くなっていたが、当日は雨だったこともあり、直前になってキャンセルした人が私の他にもたくさんいたらしい。でも私の他に誘われていた日本人は全員参加した、ということだった。


さてそのディナーに「参加した人」数人と、私を含む「直前でキャンセルした人」数人とで、後日一緒に出かけたときのこと。

共通の友達を介して前に一度だけ会ったことがあり、ほんの少し話をしたことがあるくらいの、顔見知りのカナダ人(私はその人も誘われていたとは知らなかった)が、私の顔を見るやいなやこう言ってきた。

”びっくりしたよ。Cocoがドタキャンするとは思わなかった。君、日本人でしょ?”
と。

そこには私の他にもドタキャンした人が何人もいたが、彼は私だけにそう言ってきたのである。

私が”そうだけど・・・。あなたが言っているのはつまり・・カナダ人ならドタキャンしてもいいけど、日本人の私がドタキャンをするのはだめということなの?”と聞くと、

”う~ん。いや、そんなことはないけど・・・。でも日本人がドタキャンするとは思わなかった。”と彼は言う。また”僕は日本人の友達が何人かいるが、彼らは誰一人ドタキャンをしたことがない”、とも言っていた。(どの程度深い付き合いをしているのかは聞かなかったが。)

・・私はそれを聞いて、彼の中では日本人はどのような状況であれドタキャンをしないはずであり、
たとえ私も彼も、二人ともカナダにいて英語で会話をしていようが、私は常に彼に対して 日本の風船の中にいることを期待されているのだなあ・・と思った。

もうだいぶ前のことになるけれど、その人以外は日本人留学生ばかりという状況を利用して、初対面でわざわざ一人ずつ順番に年齢を聞いてきて、私が彼の期待に反した言葉を返したらむきになったカナダ人男性(http://cocolifeinvancouver.blog.fc2.com/blog-entry-205.html" target="_blank" title="痴漢男もカルチャーで撃退。">痴漢男もカルチャーで撃退。)のことをちょっと思い出した。

もちろんその”痴漢男”とは違って、”Cocoは日本人なのにドタキャンをしたから驚いた”と私に言ってきた彼には、まったく悪気がないことはわかったけれど。

でも私が”日本人だから”という理由だけで、体調が悪くて友達同士でのディナーの予定を直前で断ったら非難されるのは何だか悲しい。

そんな風に彼にとっての”あるべき日本人像”を押し付けられても、私も困る。

日本人だから一律にこう・・ではなく、日本人だって一人ひとり違うんだよと、私はその人に言った。

★★★★★

バンクーバーで、他のアジアの国からの留学生と比べても一番セクハラの被害にあっているのは日本人女性だと以前書いた(日本人がカナダで一番セクハラを受ける理由。)が、それは日本人女性が、例えカナダにいても、彼らが思うところの”日本人像”の通りに行動するはずだと思われているからである。


日本人女性は従順だから男性から痴漢行為・セクハラを受けても文句を言わない、という彼らにとって都合のいい”日本人像”だったり、日本人女性は道で声をかければ簡単についていく・・・なんて、そんな”成人映画によって植えつけられた日本人女性のイメージ”からくる期待をもって接してくる人が、

現実に存在する。(海外で「日本人女性が人気」、な理由。



私は「不快だな」と思うことがあればはっきり言うし、道ばたで知らない人に声をかけられても相手にしないし、年齢を聞かれても「何であなたに言う必要があるの?」と思えば答えないし、直前に体調が悪くなればドタキャンだってする。

それが彼らが思うところの”あるべき日本人像”、彼らにとっての理想的な”日本人女性に対するイメージ”に反しているからといって、非難されるいわれはない。


日本のカルチャーだけに固執するのではなく、
カナダ(英語)のカルチャーだけに固執するのでもなく、
状況に応じてカルチャーを使い分けることができるようになること。

それが私が英語の単語や文法だけではなくて、英語のカルチャーを学ぶことによって得た「収穫」の一つでもある。


★★★★★

私がバンクーバーで個人で受けていた英語のレッスンの一環((“リアルな経験”の中で生きた英語を習得“リアルな経験”の中で生きた英語を習得:2))で、今年RV(キャンピングカー)でアメリカ縦断旅行をした生徒さんたち。(*顔写真掲載の許可を頂いています。)

yellowstone national park1

yellowstone national park2

yellowstone national park3

Vehicle registration plates2

vehicle number5


*お知らせ*
私がバンクーバーで英語を個人で習っていた先生が、日本でも英語を教えてほしいとの依頼を受け、また前回のレッスンの続きのために日本でレッスンをしていました。

先生のレッスンを受けてみたいという方、“王道”ではない留学/ワーホリをしたい方がいらっしゃればご連絡下さい。体験レッスンがあります。
日本にいながらにして、英語のカルチャーを学び「経験」することができ、英語を効率的に早く伸ばす方法、余計なお金や時間をかけずに不安なく留学・ワーホリする方法なども含んだレッスン内容となっています。

携帯のアドレスだと、パソコンからのメールを拒否するように自動的に設定されていることがあるので、携帯以外のアドレスでご連絡下さるようお願いします。
(私は先生の代理人でもなければ先生のオフィスの人間でもないので、レッスンの場所、日程や費用などに関するご質問は先生の方へ直接お願いします。)

◆前回までの日本でのレッスンの様子はこちらの過去エントリをご覧ください。


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英語を「学ぶ」こと、そしてそれを「使う」こと。

今英語を「勉強」(=暗記)していて、
自分が持っている英単語や文法の「知識」を、英語を話したり書いたり読んだり聞いたりしながら「使えている」と感じている人、
自分がINPUTしたものを 「OUTPUTできている」 と感じている人って、
どれくらいいるんだろうか。

★★★★★

私はカナダに渡ったとき、日本で中高の6年間も(厳密に言えばそれ以上)英語を「勉強」していながら、
英語は話せないし聞き取れないし、英語のメールも新聞も本も辞書がないと読めないし書けない。
しかもそうまでしても全部 ”自信がない” 、状態だった。

でもカナダで、その後英語を個人で習うようになる先生に初めて会って"あなたは英語をどれくらいの期間勉強してきたの?"と聞かれたときまで、
自分が「英語にかけている時間」のことなんて、あまり考えたことがなかった。

だって英語は「難しいもの」で、いくら勉強をしても「話せるようにはならない」というのが日本にいた頃は常識だったし、数ヶ月で英語が話せるようになった、という人の話なんてのも聞いたことがなかったし出会ったこともなかったし、カナダでもESLに通っている自分の周りには”時間はかけたけど話せない人(日本人や韓国人の留学生)”ばかりだったから。

英語に時間がかかるのは、当たり前、だったから。

だから先生にそう聞かれたとき、・・・私はなんと多くの時間を英語に時間を費やしてきたのか・・・自分で言いながらもちょっと衝撃的だった。

★★★★★

カナダに渡ってすぐ、ESL(語学学校)に通うようになった私(個人で習うようになったのはさらにその後であった)だったけれど、そこでしていたことはやっぱりINPUTが中心、だった。

教科書を読んで、文法の問題を解いて、ノートに知らない単語を書き取って。。
speakingの授業であれ、クラスメイトが10人以上いる授業の中で、実際に自分が話すことができる時間など、ほんの数分。
授業時間の何十分の一。

長年の習慣に囚われて、
英語は「文法と単語だけを暗記していればよい、それで”いつか”は話せるようになるはずなのだから」だと信じて(いや実際には少し疑いながら。でも”みんな”「単語が大事だ」と言っていたから、やっぱりそうなのかな・・・、と思いながら。覚えた英単語の数=スピーキング力?)、
カナダでもINPUTをし続けた。

でも3ヶ月ESLに通って、英語が伸びているという感覚など全然ない。

このまま”現状維持”では何も前に進まないのではないか・・・、という思いが自分の中で段々強くなっていった。

★★★★★

言語はツール(道具)なのだから、本来使うこと(=OUTPUT)が一番の目的であるはずである。
どんなに憶えて(=INPUT)も結局「使えない」のであれば、それは道具として機能していないことになる。
英語は単なるツール。それ以上でも以下でもない。;2を参照。)

ESLに通っていた頃は、ほぼ毎日家とESLとの往復だけだった私の生活は
英語を個人で習うようになってから大きく変わり、
毎日レッスンを終えたら、後は好きなように時間を使えるようになった。

その自由な時間を使って私がしていたことは、「OUTPUTをすること」、であった。

当時ものすごく悩んでいた自分の発音が、英語を個人で学び始めてたった10日で”変わった”と言われた(英語を効果的に勉強する:2)のが、私にとって初めての、それもポジティブなフィードバックだったけれども、その後英語を使い続ける中で、ネガティブなフィードバックを受けたことは何度もあった。

今でも私は自分の英語が”完璧”などと思ったことはないし、そもそも「言語に完璧なんてない」と思っている。
英語が話せるようになるために必要かつ、根本的なこと。言語に完璧はあるのか。 を参照。)

でもネガティブ一辺倒だった自分の英語へのフィードバックが、その”発音への褒め言葉”を始めに、徐々にポジティブなものの方が増えていった(たぶん私が自分の発音を本当の意味で気にしなくなったのは、彼女に出会ってから、である。→http://cocolifeinvancouver.blog.fc2.com/blog-entry-288.html" target="_blank" title="カナダで「日本人です」と言うと、驚かれる理由。">カナダで「日本人です」と言うと、驚かれる理由。)からこそ、
自分は”英語が話せている”と思えるようになっていった。


ESL(語学学校)に通っていた頃は、「とにかく口数さえ多くすれば話せるようになるのではないか」と思ってむやみやたらに話そうとしたこともあったけれど、結局自分でも何が言いたいのかわからなくなったりして”英語でも日本語と同じように話せている”なんて思えるようにはならなかった。(なぜならそこにはskillがなかったから→英語が上手くなるには、「とにかく話す」こと?

英語のカルチャー言語音楽(発音含む)話し言葉のテクニックもない状態でいくら話そうとしても、自分が本当に言いたいことはいつもどこかに置き去りにされているような気がしていた。(どんなに参考書を読んでも英語が「話せない」、理由。

でもそれらを学ぶようになってから、自分が言いたいことを「言えている」という感覚が少しずつ持てるようになり、
さらにそれにフィードバックがあることで、「英語を話したい」という気持ちがどんどん大きくなっていったのだと思う。



道具をただ”持って”いたって、使わない限りは何も得られない。

でも使えば少なくともフィードバックが得られる。
それがポジティブであれネガティブであれ、
そこには必ず何か学べることがある。


だからもし私がレッスンを受ける”だけ”で満足して、レッスンが終わったらまっすぐ家に帰って部屋にこもって、まったくOUTPUTすることなく過ごしていたとしたら、
私が確信を持って「英語が話せている」と思えるようになるまでの期間はきっともっと長くなっていたのではないか・・・
と、今となっては思う。


★★★★★


私がバンクーバーで個人で受けていた英語レッスンを今バンクーバーで受けておられるJohn(イングリッシュネーム)さんから感想を頂きましたのでご紹介します。Johnさんもやはりバンクーバーで3ヶ月ESLに通われ、私のブログにコメントを頂いたことがきっかけでレッスンを受けられるようになりました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
Cocoさんへ

Johnです。レッスン受けてから1ヶ月が経ちました。
丁度昨日こっちで知り合った日本語も話せるカナダ人の人
と会ったんですが、
「英語上手くなったね、前よりスムーズになったね」と言われ、
嬉しくなってメールしてしまいました。
もちろんその人とは到着してすぐに会ったので、
冷静に考えて当たり前なのですが。。。

ただその時は、レッスンの効果が出たのかな?と勝手に舞い上がってました。
この気持ちを誰かに聞いて欲しくてメールしてしまいました。
もちろん先生にも話すつもりではいますが。

ブログを見てなかったらこのプログラムにも申し込まなかっただろうし、
こんなこと言われなかっただろうなと思ってついメールしました。

と言ってもまだレッスンも終わってないし滞在期間も残ってるので
まだやらなきゃいけないことがたくさんあるので気は抜けないですが。。

近況報告みたいな形で報告させて頂きました。

ではまたメールさせてもらうかもしれませんが、
宜しくお願いします。

Johnさん
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

◆バンクーバーでレッスンを受けられた方からのコメントと写真はこちらにもあります。→英語に対する「考え方」を変えることと、「行動」を変えること。


*お知らせ*
私がバンクーバーで英語を個人で習っていた先生が、9月末より日本でレッスンを行っていました。
今回の来日では先生のインターネットの不具合によりご連絡がスムーズにできない事態があったようです。
まだ先生からのメールが届いていないという方がもしおられましたら至急私までご一報下さい。
次回の来日(現在のところ12月の予定となっているそうです)では優先的に体験レッスンの予約をしていただけます。

先生のレッスンを受けてみたいという方、“王道”ではない留学/ワーホリをしたい方がいらっしゃればご連絡下さい。体験レッスンがあります。日本にいながらにして、英語のカルチャーを学び「経験」することができ、英語を効率的に早く伸ばす方法、余計なお金や時間をかけずに不安なく留学・ワーホリする方法なども含んだレッスン内容となっています。

携帯のアドレスだと、パソコンからのメールを拒否するように自動的に設定されていることがあるので、できるだけパソコンから閲覧可能なアドレスで連絡下さるようお願いします。
(私は先生の代理人でもなければ先生のオフィスの人間でもないので、レッスンの場所、日程や費用などに関するご質問は先生の方へ直接お願いします。)

◆前回までの日本でのレッスンの様子はこちらの過去エントリをご覧ください。


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どんなに参考書を読んでも英語が「話せない」、理由。

この間久しぶりに自分がカナダに渡るときに使ったスーツケースを開けたら
奥の方から自分が前使っていた「英会話集」が出てきた。

もうその本の存在なんてすっかり忘れていたのだけれど、見たらたちまち、
カナダで「簡単な日常会話くらいはできるように・・」と思って出発する何ヶ月か前に本屋に買いに行ったときのことを思い出した。

「なつかしいな」と思いながら中を見てみると、
見開き2ページで、英語の簡単な構文一つとそれを応用したいくつかの例文、短い会話、それぞれに対する日本語訳と、語彙が載っている。

どうやら私は(もう忘れていたけれど)ちゃんと「勉強」をしていたらしく、所々に線を引いてあったり、書き込みがあった。

そして今だからこそ気がついたこと。

当時は何も疑問に思わなかったけれど、
まずそこに日本語訳がついているのだが、その訳は見事に全て、敬語。
さらには英単語の下には一つひとつ、カタカナでどう発音するかが書いてあるではないか。。。

つまりそこには、英語を話すために必要な5つのskillのうち、
①英語のカルチャーがない。
(ものすごく”丁寧”で”模範的”すぎて、実際の会話では使わない表現が多くある。また実際に使うような表現であっても、本来そこにあるはずの”英語のカルチャー”はすべて敬語と言う”日本語のカルチャー”に翻訳されてしまっている。→friendlyとpolite 2つの文化の違い「使える英語」と「使えない英語」を分けるものとは?を参照。)

②英語の言語音楽(発音含む)もない。
カタカナ表記により、完全に”日本語の言語音楽”になってしまっている。

③英語の話し言葉のテクニックも、ない。
英語で、英語の話し言葉のテクニックを使わずに会話するなんて、今の私には絶対にできないのだが、
でもその「英会話集」には、”話し言葉のテクニック”なんて一つも載っていない。

英語の④文法と⑤単語の説明だけはご親切にどのページにも書いてあるにも関わらず。。。


単語と文法だけを重視して、あとは全部無視する、日本の英語教育そのまま。

である。


私はページをめくりながら、
自分がカナダに渡って間もないころ、
まだ英語を個人で教わっていないころ、
”簡単”なはずの日常会話すらもできなくて、よく落ち込んでいた当時の自分に、
「会話ができないのは、Cocoの責任じゃないよ」と言ってあげたくなった。


その本にはCDもついており、カナダに行く前の私はそれを部屋でいつもかけっぱなしにして英語に耳を慣れさせようとしていたことも思い出した。

それも少しだけ聞いてみたのだけれど、
CDが始まって、すぐに思った。
「英語をこんなにゆっくり喋る人いないよ・・・」と。

これも当時は何も思わなかったことだけれど。。


★★★★★

「英語を使って他人とコミュニケーションできるようになること」が目的なのに、
その目的に合った方法(経験)ではなく、
英語のカルチャーは完全にスキップし、
英語の言語音楽は日本語のカタカナを暗記することで済まそうとし、
英語の話し言葉も完全に無視し、
英語の文法と単語だけをひたすらに暗記だけで克服しようとしても、

目的と方法が食い違っているのだから、必要以上に苦しくなるのは当たり前、なのであった。


私が「試験で良い点をとること」を目的に英語を「勉強」していた中学・高校生だったころ、
英語の「文法と単語のみを暗記することだけ」が私の英語学習の全てだったのだが、
私はその頃は「自分は何で英語を話せないんだろう」なんて思わなかった。

英語が話せたらいいな、とは思っていたけれど、
べつに英語を話す必要性なんて自分の生活のどこにもなかったし、身近に英語が話せる人もいなかったし、そもそも日本の学校教育で自分が英語が話せるようになるなんて期待していなかったから。

それなのに、日本で全ての学校教育を終えた私は、長年の習慣と刷り込みから、
「英語が話せるようになるために、学生だった頃よりもっともっと単語も覚えて文法も勉強(暗記)しなきゃ」、と思うようになっていた。

つまり日本の学校教育を終えてもなお、自分で自分を苦労するように仕向け、かつ日本の学校教育を受けていた頃とまったく同じことをしながら、今度は自分に英語が話せるようになることを期待していたのである。


今となっては

「・・・・・・不思議」。

としか言いようがない。



*お知らせ*
私がバンクーバーで英語を個人で習っていた先生が、日本でも英語を教えてほしいとの依頼を受け、また前回のレッスンの続きのために今日本でレッスンをしています。

もし先生のレッスンを受けてみたいという方、“王道”ではない留学/ワーホリをしたい方がいらっしゃればご連絡下さい。体験レッスンがあります。日本にいながらにして、英語のカルチャーを学び「経験」することができ、英語を効率的に早く伸ばす方法、余計なお金や時間をかけずに不安なく留学・ワーホリする方法なども含んだレッスン内容となっています。(日本でのレッスンを受けることで今後海外に行ったり、バンクーバーでもレッスンを受けなければならないといった制限はありません。)

先生の帰国が迫っておりますのでご興味のある方はお早めにご連絡ください。
次回の来日は12月の予定となっています。


今回は北海道・東京・神奈川・静岡・愛知・京都・大阪・岡山・広島・福岡でのレッスンを予定していますが、その他の地域/都市でもレッスン可能な場合がありますので、ご相談ください。

また今回希望される方は、先生がバンクーバーで英語を教えておられた生徒さんのうちのお一人と、会ってお話をしていただくことができます。大学3回生の日本人男性、カナダでの滞在期間は1年間、レッスンを受けておられたのは約2ヶ月間で、今年のアメリカとカナダにおける旅行にも二つ参加され、今月帰国された方だそうです。

携帯のアドレスだと、パソコンからのメールを拒否するように自動的に設定されていることがあるので、できるだけパソコンから閲覧可能なアドレスで連絡下さるようお願いします。

既にご連絡先をお知らせ頂いている方で、先生からのメールがまだ届いていないという方がいらっしゃれば大至急ご一報下さい。(私は先生の代理人でもなければ先生のオフィスの人間でもないので、レッスンの場所、日程や費用などに関するご質問は先生の方へ直接お願いします。)

◆前回までの日本でのレッスンの様子はこちらの過去エントリをご覧ください。



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カナダで英語を話すと笑われていた、理由。

バンクーバーはpartyが多い(パーティ、といっても、着飾って高級な食事をして・・といったものではなく、ただみんなで集まっておしゃべりをする、というのが第一の目的である。場所は誰かの家で、そこに各自がお酒やご飯を持ち寄ったりすることもよくある、これは一般にPotluck Partyと呼ばれる)。

友達に誘われてあるPotluck Partyに参加したときのこと。

私はそこで初めて出会った一人のカナダ人男性と話をした。

その人は、”日本が好きで日本語を勉強している。”、と言う。(バンクーバーで日本語に興味があるという人に出会うのは珍しいことではまったく無い。でもその動機が、日本人女性に対する興味からくるものであることもよくある((海外で「日本人女性が人気」、な理由。))・・・ような気がしないでもないが、その彼の場合は、日本が好きになったきっかけはアニメだったそうだ。)

彼が”日本語を話したい。”と言ったので、私たちは英語で話すのをやめ、日本語で会話をすることにした。


「こんにちは。わたしは、○○です。あなたのおなまえは、Cocoさん、ですね。あなたは、にほんの、どちらのしゅっしんですか。」

彼の日本語は、”いかにもイングリッシュスピーカーの日本語のイントネーション”ではなかったし、発音も上手いなぁと思った。一生懸命日本語で話そうとする姿勢も伝わってきて、私も彼の話すスピードに合わせて、ゆっくり話すようにした。

その時私たちの近くには、日本人の男性が座っていたのだが、しばらくして私はその人が私たちの会話を聞きながら時々くすくす笑っていることに気がついた。(カナダ人男性の方は気がついていないようだった。)

私はカナダ人男性との話が一旦終わった後、その日本人男性に、さっきなぜ笑っていたのかと、尋ねてみた。

すると、「えっ? あ~・・だって何かあの人の日本語、かわいいじゃん。かわいいっていうか、(小声で)変っていうか・・・。ははは。それで笑ってた。」と言う。

私はそれを聞いて、
自分がホームスティをしていた頃のこと、
ホストファミリーから自分の英語を笑われていたときのことを、
急に思い出した。


私がホームスティを始めた日、ホストブラザーから"Hi, how are you?"と言われたので、中学校で習ったとおりに"I'm fine, thank you, and you?"と答えたら、初対面でいきなり爆笑してきたのだ。(海外に行く前に知っておきたい、「How are you?」への答え方を参照)

さらに例えばディナーを食べながら、私が何かを言うと、ブラザーが私が言ったことを笑いながらそっくりそのまま繰り返して、それでホストペアレンツも一緒に笑ったりしていたことが、あった。

私も最初の頃は「ああこの人は変に気を遣わない、正直な人なのだな」と思ってあまり気にしていなかったし、それどころかむしろ自分も一緒に笑ったりしていたのだけど、でもたまに彼があまりにしつこく私の英語をネタにして笑うので、
”そんなに私のこと笑うなら、自分も一回日本に行ってみなよ。今は自分の母国語が話せる場所にいるからそんな風に笑っていられるかもしれないけど、日本に行ったら英語なんて通じないから、きっと今の私の気持ちがよくわかるよ・・!”と言ってやりたい、と思いながらも、当時の私にそんなことが言えるわけもなく、やっぱり気にしないふりをして愛想笑いをしていたものだった。・・・


でも私のそのホストファミリーはあくまでも例外的存在であって、バンクーバーの人は、外国人の英語を笑うということをあまりしない気がする。

もしその日本人男性の言う、「変だから笑う」という理屈が成り立つのであれば、私の英語はもっともっとあちこちで笑われていたはずなのだけれど、
まだ自分の英語に自信などもてなかった当時の私が、買い物とかカフェやレストランの注文とか、日常生活で英語を話すと一番多く受けた反応は、とにかく何度も聞き返されるということであって、
また迷惑そうな顔をされたり、邪険な扱いを受けたりしたこともあったけれども(カフェでコーヒーを買う度、店員から冷たくあしらわれていた理由。)、笑われた記憶というのは、そのホームスティ時代を除き、ないのである。


大方のバンクーバーの人は、英語が母国語ではない人とコミュニケーションをとるのはごくありふれたことだからなのか、ブロークンな英語を聞いてもふつう笑ったりはしない。

でも日本人は、(自分も含め)「外国人が話す日本語」というものにそこまで慣れていない。
バンクーバーの人にとって「英語が母国語ではないのに英語を話す人」の存在は珍しくもなんともないかもしれないが、日本人にとって「日本語が母国語ではないのに日本語を話す人」の存在が「当たり前」だとはあまり思わない、と思う。

・・・日本人ではない人が話すたどたどしい日本語を聞いて、それが男性であれ女性であれ、「かわいい」と思う気持ちは私にもよくわかる。でもだからと言って、それを笑うというのは、いくら慣れていないからとはいえ、あまりフェアじゃないな、自分も気をつけようとその時思った。

★★★★★

以前の私が話していた英語も、そのカナダ人男性が話していた日本語も、
話していた単語の一つひとつ
完全に英語だし、日本語であった。

でも自分の英語に自信などもてなかった頃の、当時の私が話していた英語は、”英語のカルチャーが抜け落ちた英語”だった。
例えばpoliteであることよりもfriendlyであることに重きをおくのが英語のカルチャーであるのに(friendlyとpolite 2つの文化の違い)、相手が年上だということだけで、必要以上に気を使って丁寧すぎる言葉を選んでいた。(英語でもなければ、日本語でもない、mix語会話。を参照。)

そしてそのカナダ人男性が話した日本語は、”日本語のカルチャーが抜け落ちた日本語”だった。
つまり、日本語のカルチャーでは自分称・主語を口語ではふつう省略するのだけれど、彼の話した日本語には主語が全部ついていたから、不自然な日本語に聞こえたわけである。(日本語と英語の、"I")
だから彼の台詞から主語を削除するだけでも、随分自然に聞こえないだろうか。
「こんにちは。わたしは、○○です。あなたのおなまえは、Cocoさん、ですね。あなたは、にほんの、どちらのしゅっしんですか。」

「こんにちは。○○です。(あなたの)おなまえは、Cocoさん、ですね。にほんの、どちらのしゅっしんですか。」

★★★★★

私の英語も、彼の日本語も、いくら単語が合っていても
カルチャーがない限りどちらもその言語のネイティブスピーカーからすると”不自然”になるのであって、
単語をいくら知っているか、というところに問題があったわけではないのである。

私がホームスティをしていた頃、笑われるのが悔しくて、「もっと英語を「勉強」しよう、単語を覚えよう」、と思って、実際単語を毎日暗記したりしていたものだけれど、
でもそこから英語のカルチャーはすっぽり抜け落ちていたのだから、それは今考えれば、まったくの逆効果、だったと言ってもいい。


英語のカルチャーさえあれば、知っている英単語の数は少なくても、英語は”自然”に聞こえる。

言語は、「量より質」、なのである。
カルチャーはすべての言語のベース。を参照。)

★★★★★

私がバンクーバーで個人で受けていた英語のレッスンの一環((“リアルな経験”の中で生きた英語を習得))で今年の夏バンクーバーとヴィクトリア(バンクーバーからはフェリーで行けます)を巡られた中国人の生徒さんたち。-①(*顔写真掲載の許可を頂いています。)
*メキシコ人の生徒さんたちの写真はこちら→英語で考えて、英語で話す、ということ。
*日本人の生徒さんたちの写真はこちら→海外に行くことで、得られるもの。


バンクーバー・ヴィクトリアtrip2

バンクーバー・ヴィクトリアtrip1

バンクーバー・ヴィクトリアtrip3

バンクーバー・ヴィクトリアtrip4

バンクーバー・ヴィクトリアtrip7

バンクーバー・ヴィクトリアtrip

バンクーバー・ヴィクトリアtrip14


*お知らせ*
私がバンクーバーで英語を習っていた先生が、日本でも英語を教えてほしいとの依頼を受け、また前回のレッスンの続きのために今日本でレッスンをしています。

もし先生のレッスンを受けてみたいという方、“王道”ではない留学/ワーホリをしたい方がいらっしゃればご連絡下さい。体験レッスンがあります。

今回は北海道・東京・神奈川・静岡・愛知・京都・大阪・岡山・広島・福岡でのレッスンを予定していますが、その他の地域/都市でもレッスン可能な場合がありますので、興味がある方はご相談ください。

また今回希望される方は、先生がバンクーバーで英語を教えておられた生徒さんのうちのお一人と、会ってお話をしていただくことができます。大学3回生の日本人男性、カナダでの滞在期間は1年間、レッスンを受けておられたのは約2ヶ月間で、今年のアメリカとカナダにおける旅行にも二つ参加され、今月帰国された方だそうです。

携帯のアドレスだと、パソコンからのメールを拒否するように自動的に設定されていることがあるので、できるだけパソコンから閲覧可能なアドレスで連絡下さるようお願いします。

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また今回からレッスンに参加された方より感想を頂きましたのでご紹介します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

CoCoさんへ

こんにちは。
短い期間のレッスンでしたが、全てが新しく、驚きもあり、
今までの勉強てなんだったんだろうと思いました。

~~~北海道、Aさんより~~~~~~~

Aさん感想ありがとうございました。
引き続きレッスンを受けられた方からの感想、お待ちしております。

◆前回までの日本でのレッスンの様子はこちらの過去エントリをご覧ください。


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プロフィール

Coco

Author:Coco
カナダ・バンクーバーで2012年ワーホリを経験。日本で何年勉強してもカナダで語学学校に通っても英語が話せなかったのに、その後「暗記ナシ・教科書ナシ・宿題もナシ」の方法で英語を学び、3ヶ月ほどで英語が話せるようになりました。
(ワーホリを終えてもTOEICのスコアを持っていなかったため好奇心で受けたところ970点でした)

帰国後の現在は都内企業で英語を使って働いています。

カナダでワーホリ中は始め語学学校に通っていたのですが、3ヶ月経っても英語が話せているとは思えず、かなり悩んでいました。
でもその後、知人から聞いて、日本の学校教育とも英会話スクールとも、海外の語学学校とも違う、
「暗記ナシ・教材ナシ・宿題ナシ・筆記用具もナシ」の方法で英語を学ぶようになりました。

すると今度は同じ3ヶ月で、現地の人とも臆することなく英語で会話できるだけでなく、英語が「自然」だと言われたり、「日本人の英語っぽくないから日本人だとは思わなかった」と言われたりするようにもなっていました。

英語を暗記しても話せるようになるのは難しい。
逆に、勉強方法を変えたら英語が話せるようになるのは簡単です。

私がブログに書いている自分の経験、とくに英語の勉強方法については、「英語を暗記しなくていいなんてアリエナイ」とのメッセージを頂いたこともあります。

「英語を暗記しない」・「英語は簡単」など、"常識"と反対のことを言っていますのでそう思われる方もいて当然だと思います。

でもそう言う方に是非お聞きしたいのですが、
「散々英語を暗記してきて、今、英語が話せるようになっていますか???」

***
・このまま勉強を続けたところで英語が話せている自分が想像できない
・留学やワーホリを考えているが英語が話せないまま海外に行って本当に大丈夫なのか?
と思っている方。

私もバンクーバーで英語を個人で学ぶようになるまで同じ疑問や不安を持っていました。

「暗記ナシ・教材ナシ・宿題もナシ」の、今までとは違う英語の勉強方法に興味がある方、英語を使って海外で仕事にボランティアに旅行に友達作り・・現地で自分が本当に望むワーホリ&留学がしたい方はご連絡ください。

◆ワーホリの王道(日本人が経験する「ワーホリの王道パターン」とは。)を行かないために、私がバンクーバーで受けていた英語を「暗記ナシ・教科書ナシ・宿題もナシ」の方法で学んだユニークな英語レッスンについてはこちら→
  • 英語を効果的に勉強する
  • 【動画で説明】一般的な英語学習の問題点。なぜ母国語を習得するのは簡単で、外国語を習得するのは難しいのか。

  • ◆レッスンは現在カナダだけでなくフィリピンやオーストラリア、日本でも受講できます。
    ◆オンライン(Skype)レッスンもあります。
    ◆レッスンを1ヶ月フィリピンで受けられ、現在カナダでワーホリ中のAmiさんのインスタとツイッター
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